テレーズ・デスケイルゥ(新潮文庫) [Kindle]

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  • 田舎の因習的な価値観に縛られたテレーズがパリへの逃亡を夢見て夫の毒殺を図る本作。
    とある漫画をその直後から読み始め、現代日本の田舎の閉鎖性に近しい心理を見る。読み進めるうちに漫画は違う方向に向かったけれど、閉鎖空間に置かれた個人が実存的危機の状態に瀕し、凶行を企てる所は共通している。
    私は東京で生まれ育ち、田舎にいるが、多感な時期にその閉鎖性を体験していない。だから、その中での苦悩を心底共有はできない。
    「ここ(田舎)には何もない」
    と作中の人物は思う。だから都会に出れば、何かを変えられるという期待が生じるが、果たしてそうであろうか?都会にはまた別の形の疎外がある。そこから田舎へ向かった自分にとっては田舎にこそ都会では得られない「何か」がある。
    もっと詳細にその苦悩を眺めてみよう。都会は文化・社会の中枢であり、人が集まる。最先端の思想、流行が現れ、広まりそして新たなものによって覆えされる。それはすなわち動いている。変化している。あるいはその様に感じることができる。
    それに対して田舎では、自然のリズムが優位である。農耕文化にあっては、そのリズムに調和すべく共同体は掟と秩序に服従する。小説から借用すれば、思想が「道幅に合わせてある」(馬車の轍に車がきっちり合ううに作られているように)。
    そしてテレーズの様に田舎に住みながらも先端の文化に憧れるものにとっては、その田舎の思想がお仕着せの衣装の様に「窮屈」である。
    ゆったりとしたリズムは「退屈」である。そうして圧迫され、生き方を規制され続ける内に「自分が自分でない様な」不安でよりどころのない孤独感に苛まれる。
    テレーズはこの内面の危機の中で、義妹と恋仲を演じたジャンという青年の中に希望を見出す。彼はパリのコミュニティに属するユダヤ人であり、都会の思想で生きている。
    彼を通して見出した希望は「自分自身になる」というものであった。
    ここで漫画の中でしばしば現れ、現代でよく聞く文句を思い出す。

    「あなたの人生はあなたのもの」

    テレーズの時代は、第一次大戦後の
    ヨーロッパ文明が抱えた個人の疎外された不安が背景にあり、同時にキリスト教の伝統、神との関係を踏まえながら「自分自身に」なろうとしていた。
    しかし漫画が背景にしている現代日本社会の「自分」にはそれを支える普遍的な存在が希薄である。個人を規制する観念はあくまでも「人間」であり、孤独も不安もその先に抱く希望も「あなたのもの」なのである。
    どちらも「自分自身」になろうと願う人間を描いている。けれども、その根差すものの違いが漫画の描く日本の田舎の人間により閉鎖的な印象を与えているように感じる。
    優劣をつけたいわけでは勿論ない。ただ、この苦悩の性質の違いを見究めないと、同じ言葉を用いていても向かう方向が見当違いになってしまうように思われるのだ。

    閉鎖性の内に疎外された自己が開かれていくその先を思い描く時、この小説を携えていきたい。

  • 遠藤周作の愛読書。遠藤周作の小説は割と読んでいるので、あえて遠藤周作訳じゃないものにしてみた。
    モーリヤックはカトリック作家だが、護教的な小説ではなく100年前の小説にしてはスラスラ読める。

    近代化が進み、次第に権力を失ったカトリック教会。それでもまだ田舎では伝統として残っている。
    田舎の美青年と結婚したテレーズ。
    テレーズは自分の思想が父や舅姑によって定められたものと気づき始める。
    過去を振り返り、結婚を支配や領有よりは「逃避」として捉えてきたのではないか?と疑問を持つ。
    テレーズの夫、ベルナールは伝統にピッタリと合わされた人間であり、テレーズの思っていることには気づく気配もない。
    聖職者を軽蔑するテレーズ、近代性の象徴としての「パリ」や、ユダヤ人ジャンとの「恋愛」を通しても救いはどこにも見つからない。
    残されたのは機能不全の伝統のみ、それを軽蔑しながら一生演技して過ごすことになるテレーズ、、

    遠藤周作だけでなく三島由紀夫にも影響を与えた作品である。意外にも私には本作を「当事者」として読めた。
    現代日本に通ずるものがあると思う。いまだに続く「昭和」の生活スタイル、田舎から抱かれる「東京」への憧れ、恋愛による救済、、
    それでもこの生活を一生続けなくてはいけないのか?と。

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