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感想・レビュー・書評
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高度な技巧を使った変態おバカ小説。文豪たちそれぞれの文体を精妙にオマージュしていたり、ロシアの歴代大統領を登場させたりして、破壊の限りを尽くしている。正直、一読したくらいで全部理解できたとは思えないし、途中から流し読みになっちゃったけど、この手の読者の脳みそを掻き回してくる小説は好物なので、いずれもっと色んな作品に触れたあと、またじっくり読み直して爆笑したいと思う。
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2024年3月17日(日)に箕面の読書空間RENSと中津ぱぶり家で共同開催した文学カフェのために読んだ。ほぼ2日間で読了。
冒頭は読むのがしんどかったけど、近代ロシア文学の作家クローンによる文体模写のあたりからだんだん読みやすくなり、意味はずっと不明のままだけど1954年に舞台が移ってからはそれほど苦痛なく読めた。2024年にこの作品を読んだ私は作家クローンによる作中作が文章生成AIによるものではないかと思えてならなかったけど、この作品はソローキンが1970年代から90年代にかけて書いたものなのでそんなはずはなく、それだけに文章生成AIがソローキンに追いついてすごいのか、いやいやソローキンが時代を先取りしていてすごいんだろうな。
ジョージ・オーウェルの『1984年』だったか、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』だったか、その両方かそのいずれでもないのか、とにかく欧米文学を読んでいると、村上春樹のリノリウムの何々さながらに何かとマホガニーの何々がと出てくるあたり、「マホガニーの」と出てくるたびに何だか残念な気持ちになってしまう。いま検索してみたらこの作品では4回登場するようだ。「マホガニーテーブル」(No. 2763)、「巨大なマホガニーのダブルベッド」(No. 4086)、「空っぽのマホガニーのテーブル」(No. 4430)、「マホガニー材の小さな書き物机」(No. 4939)の4か所。ところで、テーブルが空っぽってどういうことだろう。「空っぽ」って中身が何もないさまのはずだけど、文脈から察するに引き出しか何かがついているというよりもテーブルの上のものが何もない状態になったという状態を指しているみたい。
入れ子構造となっている本作について文学カフェの参加者が言及する場面でマトリョーシカという単語が出てきたのは印象に残っている。これはたんに何かの中に別の何かが入っていて、その別の何かの中にさらに別の何かが入っているという純粋に入れ子構造にだけ言及したものとして私は受け止めていて、そこにそれ以上の意味を読み込むような言及の仕方ではなかったけど。
解説を読むとなるほどなあというのと、やっぱり読んだ人と話し合うといろいろ気づきがあってよい。こういう機会がなければ最後まで読むことはきっとなかっただろうし、『青い脂』について複数人で話し合える機会もそうそうないだろうから、文学カフェで取り上げることができてよかった。 -
簡単に感想は書けるほど本書の内容を理解したわけではないけれど、卓越した想像力という他ないということは感じた。SFとジャンル分けしてしまうと、幅の狭いものと誤解されてしまいそうだが、SFとして読んでも、中国語が混在した言語が使われている未来のロシア、という設定で、その言語を使って書かれている、というだけでもぶっ飛んでいる。主要人物としてスターリンとフルシチョフが登場するが、この2人について自分自身はあまり鮮明なイメージをもっていないのが残念だった。