中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌 (NHK出版新書) [Kindle]

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  • 混迷を深める中東情勢を解説した書。2016年刊行なので、トランプ政権以降の動きに関する情報がなく、現状分析の部分はやや色褪せてしまっているが、それでも問題の本質は変わっていないので、大いに参考になった。

    そのいくつかを列記しておく。

    ・「中東における紛争の原因は権力争い、つまり利権争い」。「スンニー派とシーア派も、神学上の争いや、人間的な憎悪を抱き合っているというよりも、国家の利権や地域の覇権をどのグループが握るかで争ってきた。それを宗派対立と呼ぶのは表層的な理解と言うべき」。

    ・「中東の政治体制について、欧米は矛盾した態度を取ってきた」、「西洋的価値観では民主的な選挙で選ばれた体制が望ましいが、実際に選挙が行われると反西洋的なイスラム主義が政権を取ってしまう。そこで、民主的ではないが、世俗的で欧米に近い政策を採る軍事独裁体制を支援してきた」、「これでは、中東の人々が憤りを覚え、絶望感を募らせるのも無理はない」。

    ・ペルシア湾岸で「本質的な意味での国家はイランだけ」。「歴史的に成立した国家を、国家意識を持った国民が支える──いわゆる国民国家として成り立っているのは、イランただ一国」。「イラン以外のペルシア湾岸諸国は、言ってみれば〝国もどき〟に過ぎ」ず、クウェート、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、サウジアラビアは皆近代国家とは言えない。中東で〝国〟と呼べるのはイラン、エジプト、トルコの3ヶ国のみ。

    ・中東イスラム世界の諸問題に共通する構図は二つ。「一つめは、イラクやシリアのような人工的につくられた "国もどき" が持つ本質的な矛盾」。「本人たちの同意なく、多くの宗派・民族の集団が無理やりに一つの国境線に押し込まれたという現実」の問題。「二つめは、アフガニスタンやイエメンが経験したような、伝統社会から近代社会へと移行する際の困難さ」。

    刻々と変わる中東情勢、しっかりと追っかけていかないとな。

  • 2016年発売なので今(2022年末)からすると少し古い情報なのだが、全体としては当時と変わらない中東情勢がよく判る。
    ペルシャ人であるイランはアラブというくくりには入らないので、西アジアのあの辺りは中東イスラム圏と呼ぶところや、諸々の国家は国としての基礎を持たず、国と言えるのはイラン、トルコ、エジプトの三国だけである、という指摘は、なるほどと納得。

  • 2016年NHK出版。中東研究の専門家による中東情勢の概略図。サウジアラビアがイランとの国交断絶をした経緯からはじまる。中東には国と国もどきが存在するという。国とはトルコ、イラン、エジプト。国もどきはそれ以外。WW1後のサイクスピコ協定によって英仏による支配領域ができてそれを踏襲しただけの民族・国体が不安定な部族連合がその実態。
    以下イラン、イラク、シリアについてメモ

    イラン
    2015.7月核合意により向こう10年査察を受けるかわりに経済制裁を解除。合意にくわわったアメリカとの関係は半世紀余り複雑な経緯をへてきた。以下アメリカとの関係。
    20世紀初頭、石油が発見されイギリスが独占支配をはじめる。戦後公平利益を求める声があがりはじめ、1952年モサデク首相が国有化を強行。各国はイラン石油のボイコットで経済的な制裁をくわえ、ついで53年には英米の諜報機関がクーデタをおこし政権を転覆させる。諜報の実施本部には大使館がつかわれ、79年のイラン革命時に学生により444日占領された(これがアメリカとの関係を決定的に悪化させる)。モサデクをたおしたあとシャー王制をとった政権は米イスラエルの支援で秘密警察をおき政権に批判的な世論を弾圧した。この苦い記憶からイラン革命時には革命を指導した最高指導者ホメイニの直属機関として革命防衛軍を国軍とはべつに組織することになる。ちなみに革命にかつぎだされたホメイニは当初飾りのつもりだったが、意外に政治的な手腕を発揮して現在のような議会・大統領とはべつの最高責任者地位を獲得することになる。
    アメリカとの関係にもどると、その後イランはアメリカに歩み寄っている。86年イランイラク戦争でアメリカレーガン政権はおもてだってはイラクを支持してきた。しかし一方でレバノンのヘズボッラーにとらえられた人質救出のためヘズボッラーに影響力を持つイランと接触し武器をうっていた。なおこの金はニカラグアの反米ゲリラ「コントラ」にまわし「イランコントラ事件」として大問題となる。次のブッシュ父のとき、就任演説であゆみよりをほのめかしたことに期待してレバノン人質救出を演出、次のクリントンでは石油開発利権交渉をもちかけ(直前になって議会の反対で破たん)、つぎのブッシュ子では911テロ報復のアフガン空爆のためにアフガン国内の情報を提供、平定後の指導者としてイランがこがいにしてきたカルザイを据える。ここまで貢献してきたにもかかわらず、ブッシュは02年イランを悪の枢軸国となざしする。同年には核関連施設資料がリークされ国際的に孤立し、05年に成立したアフマディネジャド大統領の強硬路線で孤立が一層深まる。13年成立した穏健派のロウハニで関係が改善しオバマとのあいだで核合意にいたる。

    イラク
    3つの勢力がある。北にクルド人、中部にスンニ派、南部に最大多数シーア派。少数のスンニ派がほかのふたつを抑え込む独裁体制をきづきよくもわるくも安定していたが、イラク戦争をきっかけに民族宗派間対立が激化した。03年に戦争をはじめ、将軍ペトレイアスは現地の混乱を観察し湾岸戦争の英雄パウエル元陸軍大将(黒人初の参謀本部議長)の「パウエルドクトリン」を批判。このドクトリンはベトナム戦争をくりかえさないために考え出された。「国民の支持する明確な戦争目的」「圧倒的な戦力を一気に投入」「出口戦略」。ペトレイアスは冷戦後のあいつぐテロでのゲリラ戦には合致しないとして批判し、原住民との交流・理解が不可欠と説く。イラク戦争がはじまり、最大多数のシーア派政権が誕生するとそれまで政権にあずかっていたスンニ派が不満を持ち始めゲリラに加担するようになった。ペトレイアスは彼らに仕事を与え懐柔することで被害をへらすことに成功。しかし2011年米軍が撤退したあとマリキ政権はシーア派優遇措置をとりスンニ派はISの勢力にひきよせられていく。

    シリア
    一次大戦後フランスが支配をはじめる。近代的な軍隊を編成するにあたって多数派のゆたかなスンニ派は軍隊生活をきらったが、貧しいシーア派(アラウィー派。アラウィー派についてはくわしくわかっていないがシーア派といわれることがある)などマイノリティが士官学校からはじめて社会階級をあがっていった。前大統領のアサド父がそうである。アサドは1970年にクーデタで大統領に就任し、社会主義的政策をとりかつ世襲制を採用し独裁体制を確立した。00年から二男のアサドが独裁政権につき、アラブの春2011年から内戦が勃発。デモ隊に発砲し混迷が続く。人口2000万のうち半分が難民化していて、うち500万が国外に流出している。
    シリアの内戦は政権と反政府勢力のあらそいだが、そこにISがくわわってややこしい。アサドは国際世論にたいして、政府vs反政府勢力とはいわず、政府vsISという構図を好み独裁体制から目をそらそうとしている。反政府勢力は3つある。非宗教系の自由シリア軍、アルカイダ系のヌスラ戦線、IS。アサドは自由シリア軍を攻撃する一方、ISから石油を買うなど支援のうごきもみせている。上に書いた国際世論むけの構図をたもつために一定程度ISの勢力を温存する意図があると思われる。
    ISは2017に崩壊したが、タリバンアルカイダなど息の長い武装勢力をみると今後どうなるかわからんので一応かいておいた。といってもISについては詳述されているわけではないので池内恵「イスラム国の衝撃」が詳しい。シリアはアメリカ軍の空爆+クルド人地上部隊が成果を上げてクルド人自治区のうごきなどがでてきて、こんどはとなりのトルコ(国内に人口比4分の1のクルド人をかかえる)がこのクルド人にたいして攻撃をはじめたりと依然として混乱中。

  • 少し前の本だが、中東の問題点がよくわかった。
    イランがなぜシーア派なのか、については著者の持論は以前の王朝がシーア派の王朝だったからという理解が簡単だと言っているが、やはり、アラブ人と一緒は嫌だという民族主義だと思う。
    民族主義というのはいつの時代も変わらないのだから。

  • 少々古くなるものの中東情勢・これまでの歴史/経緯が整理されており、よく理解できた。急転直下、この後の中東情勢を自分なりに整理しておきたい。

  • 読んでると「こんなに甘やかされていいのかしらん」と思うほど平易に書かれているヨ。

  • さらっと読めてなんとなく中東の情勢の概略がつかめる。

  •  前に読んだ『世界はこのままイスラーム化するのか』と同じような題材を取り上げているが、それが宗教家の視点からの分析出会ったのに対し、こちらは完全にジャーナリスト視点で書かれている。

     筆者はむしろ、この地域で起きている多くの紛争の原因は宗教ではないとの視点に立っている。シーア派とスンニー派などに別れているため宗派対立の様に見える場合が多いが、それはたまたまであって本質的な原因ではないと考える。

     「世界が崩れる」というタイトルは釣りであろうが、中東における国民国家という枠組みは多くの問題があり、国とは呼べない「国もどき」がいくつもあるという見方は説得力がある。そして中東の安定には新しい国の線引が必要という主張にもうなずける。

     もちろん、実現は難しいだろう。中東の国境が英仏などヨーロッパ列強の都合で勝手に引かれたものであることは誰もが知っているが、それでも今ある国境を平和的に変更するのは極めて困難だ。しかし筆者が「国もどき」と呼ぶいくつかの国がいずれ崩壊するという予想は当たりそうに思う。

     その時、誰がどういう枠組みで新しい国を作ることになるのか。今生きている我々が知ることはできないかもしれないが、ベルリンの壁の様に案外突然その日が来るかもしれない。

     日本から見て中東は距離的に遠いが産油国なので無関係ではいられない。本書の最後で語られるよう、この地域で日本が重要なプレゼンスを得ることは十分に可能だ。私自身が行くことは(多分)ないと思うが、関心を持っておきたい。

  • Amazonのセールで拾った本でしたが、掘り出し物でした。

    イスラム教国家での紛争を宗派対立という形の解説で落とし込みがちな日本のメディアの見解にメスを入れているのが良いです。
    イスラム圏は、精神的なハードルが高いと思いがちな日本人の発想を、突き崩す良書だと思います。

    もし、イデオロギー対立であるとしたならば、ソ連と米国も冷戦が終了していたら、対立も終了していたはず。という部分の記述には納得しました。実態は、帝国同志の抗争であると。地政学的な利害対立の方が、ずっと多いし大きいとも書かれていました。

    また、イラン革命は何故起きたか。という部分も分かりやすく説明してありました。1979年の革命だけにフォーカスを当てていても理解できないと。1953年まで遡る必要があると触れてあったことも、今迄のTVやメディアの解説の視点とは違っていました。
    米国とイランは共に被害者意識を持っている点が特徴であること。また、ペルシアとアラブは古代から現代に至って戦った事がないことから、イスラエルの敵は周辺のアラブ諸国であって、イランではない。という切り口も新鮮でした。こういう言及をしてくれる日本のメディアが無かったなあと思いながら楽しんで読み進めることが出来ました。

  • 「イランがペルシア人の国であり、アラブ人の国ではないという事実だ。」

    中東諸国に対するイメージが変わる。
    自爆テロは1983年のレバノン首都ベイルートで発生した。
    自殺を禁じているはずが、いつしか天国への道のりになった。

    石器時代が終わったのは石がなくなったからではない。なら、石油の時代が終わるのは石油がなくなるからではない。

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著者プロフィール

放送大学名誉教授。福岡県北九州市生まれ、大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒、コロンビア大学国際関係論修士、クウェート大学客員研究員、放送大学教員などを経て2018年4月より一般社団法人先端技術安全保障研究所会長。主な著書に『アラブとイスラエル』(講談社)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会)、『中東の政治』(放送大学教育振興会)、『最終決戦トランプvs民主党』(ワニブックス)、『パレスチナ問題の展開』(左右社)など、多数。

「2022年 『イスラエル vs. ユダヤ人』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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