さがしもの(新潮文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • さて、いきなりですが質問です。
    “あなたが初めて読んだ本は何だったでしょうか?”

    はい「蜜蜂と遠雷」です、と私が答えても、いや違うでしょう。小学一年生とか、いや、もっと小さい頃に絵本に出会ったでしょう、とお叱りを受けそうです。そう、これは、かなり高度な質問だと思います。恐らくそれに正しく答えられる人はいないと思います。では、

    “あなたが初めて面白いと思った本は何だったでしょうか?”

    はい「蜜蜂と遠雷」です、と私が答えるのを私以外の人は否定できません。読書経験が今まで全くなかった私の勝ちです(いやいや、そこは勝ち負けじゃないでしょう、とは突っ込まないでください)。いずれにしても、この質問は、ずいぶんと難易度が下がりました。では、

    “あなたが初めてつまらないと思った本は何だったでしょうか?”

    これは難しいです。つまらない!と興味を失ったもののことをいつまでも記憶に残し続けることなどあるのでしょうか。もし、そんなつまらないと思った本の記憶がいつまでも残り続けているとしたら、それは余程の、何かしらのインパクトを受けたということの裏返しだと思います。そう、そんなインパクトをあなたに与えた本はつまらなくないのではないか、という疑問さえ湧いてしまうこの命題。この世に”おもしろい本”と”つまらない本”があるとしたら、そんな”つまらない本”が残り続けるだけの理由があるはずです。そんな”つまらない本”が小学二年の時に出会ったサン=テクジュペリ「星の王子さま」だと言う角田光代さん。そして9年後、”なんてすごい本なんだろう”と同じ「星の王子さま」を読んで、はっ!とする角田さん。”つまらない本”が”おもしろい本”へと変わる瞬間の到来。でも、本の内容は変わっていません。変わったのはそれを読む人の心の内側のみというその事実。『本は、年を経るごとに意味が変わる。かなしいことをひとつ経験すれば意味は変わるし、新しい恋をすればまた意味が変わるし、未来への不安を抱けばまた意味は変わっていく』という『本』の世界。時代を経て同じ『本』を読むということは、過去の自分を振り返ることなのかもしれない。そんな奥深い『本』の世界。この作品はいろんな『本との出会い』を小説で描いていく角田さんの短編集です。

    ということで、9編の短編から構成されるこの作品ですが、巻末掲載の角田さんによる『あとがきエッセイ交際履歴』が非常に秀逸で、これを読むか読まないかで作品自体の印象が大きく変わってくるため実質10編の作品から構成されていると考えるのが正しいという印象です。そして、元々この作品は「この本が、世界に存在することに」という書名の単行本であったため、短編集と言っても、いずれの作品も『本との出会い』をテーマに書かれたもので全体として非常にまとまり感があります。そしてさらに前述の『あとがき』が最後にこの作品を見事なまでに締め、読後感を一段上に持っていってくれます。

    9つの短編は、古書店が舞台となるお話、伝説とされる本を探し求めるお話、そして文字通り本が世界を旅するというお話などなど。物語はとても面白い切り口から様々に、細やかに、そして予想外に展開していきます。そんな中でも絶品だと思ったのが表題作の〈さがしもの〉でした。

    『その日のことはよく覚えている。私は中学二年生だった』と振り返るのは主人公の羊子。『学校から帰ると、ダイニングテーブルについた母が泣いていた』という状況。『おばあちゃんね、もうだめなの』と言う母。『数週間前に入院していた』という祖母をその日から『毎日のように病院に』見舞いに行く羊子。『ああ、きたの』と言うなり『ゴシップがいっぱいのった週刊誌を買ってきて』など『矢継ぎ早に用を言いつけ』られる羊子。そんな中『ねえ、羊子、本をさがしてほしいんだけど』と羊子にさらに頼みごとをする祖母。『下の売店にはないよ。大きな本屋さんにいかなくちゃないと思うよ』とメモを渡します。『えー聞いたことないよ、こんな本。出版社はどこなの』と文句を言う羊子に『お店の人に言えばわかるよ』と言う祖母は顔を近づけて『だれにも言うんじゃないよ。あんたのおかあさんにも、おばさんにも。あんたがひとりでさがしておくれ』と言います。仕方なく翌日から本探しを始める羊子ですが、赴いた大型書店で『これ、書名正しいですか?著者名も?該当する作品が、見当たらないんですよね』とあっさり言われる始末。祖母のところに言ってそのことを話すと『さがしかたが、甘いんだよ。どうせ、一軒いってないって言われてすごすご帰ってきたんだろ』と言われてしまいます。翌日からも必死で本を探すも見つけられない羊子。『手ぶらで病院にいくと、おばあちゃんはきまって落胆した顔をする』という繰り返しの日々。『あんたがその本を見つけてくれなけりゃ、死ぬに死ねないよ』とある時そんなことを言った祖母に『死ぬなんて、そんなこと言わないでよ。縁起でもない』と言い返す羊子は同時にハッとします。『私がもしこの本を見つけださなければ、おばあちゃんは本当にもう少し生きるのではないか。ということは、見つからないほうがいいのではないか』と気づく羊子。『クリスマスを待たずして、個室に移された』と容態が悪化していく祖母を前に『本が見つかることと、このまま見つけられないことと、どっちがいいんだろう』と羊子は悩みます。そして…。

    …というこの作品は途中にまさかのファンタジー世界が登場します。角田さんが描くファンタジー。それは、羊子の成長に寄り添うようにあまりに自然に描かれる不思議な世界でした。『ふつうに会話できると、驚きも恐怖心もみるみるうちにしぼんだ』という感覚。そこから羊子が至る結論が『できごとより、考えのほうが何倍もこわいんだ』という考え方。例えば、”死ぬことは怖いですか?”と聞かると、余程達観した人でもない限りは、”はい、怖いです”と答えると思います。でもそれは実際に”死ぬこと”への回答ではなくて”死ぬことを想像すること”、それを怖いと言っていることに気づきます。もちろんだからと言って実際に死んだ経験はないのでその正否の本当のところはわかりません。ただ、この考え方は、我々の日常生活においてあらゆる場面で思い当たることだと思いました。そして、そんな考え方が羊子のそれからの人生を後押ししていきます。『できごとより考えのほうがこわい。それで、できるだけ考えないようにする』というその考え方を活かすには『目先のことをひとつずつ片づけていくようにする』、そうすると『できごとは、起こってしまえばそれはただのできごとなのだ』と淡々と向き合っていけばいいことになります。ある意味で究極的に前向きなその考え方ですが、胸にストンと落ちるとはこういうことを言うのか、という位に、その考え方にとても納得感のある短編でした。

    ブクログの皆さんのレビューを読ませていただいていると『本』にまつわる話を読まれていらっしゃる方がとても多いことに気づきます。私の場合、ひたすらに小説ばかりなので、そんな皆さんのレビューを読ませていただいて想像力を膨らませるばかりだったのですが、『本との出会い』を物語で読むこの作品に出会って、『本』というもの自体の奥深さを改めて感じるとともに、そんな『本』にまつわる話に魅了されていらっしゃる皆さんが感じられる面白さを少しですが知ることができたように思います。

    『本屋の通路を歩くと、私だけに呼びかけるささやかな声をいくつか聞くことができる…私はそれに忠実に本を抜き取る』とおっしゃる角田さん。『本は人を呼ぶのだ』とおっしゃる角田さんが愛し、愛されてきた『本』の世界。

    『本』に始まり、『本』に終わるこの作品。9つの『本』にまつわる物語を通して、もっと『本』が好きになる、そんな作品でした。

  • 小学生か中学生のころに一度読んで、あまり入ってこなかった記憶があったけれど、帰省中にやることがなくて実家の本棚からなんとなく取り出して読んでみたらとってもよかった わざとらしさのないきれいな収まり方をした真っ直ぐな物語たち、という印象 所々にわあ、と声を出してしまう美しくて共感できる表現があって、本を読むってしあわせだなあと思った

  • 本に関連する物語。読み終わった後にほっとする感じ。

  • 本と主人公との繋がりを表現した短編集。
    時々、あの時読んでた本、その時私は…みたいなことが何かのきっかけで思い出されたりするけど、その思い出は多ければ多いほど人生を豊かなものにすると信じている。
    早くて安くて便利も大事、だけど、それだけじゃないはず。改めて気付かされた。

  • 短編集。
    本が真ん中にある小説って初めてかも。
    好き。面白かった。
    ミツザワ書店 さがしもの が好き。

著者プロフィール

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸科卒業。90年『幸福な遊戯』で「海燕新人文学賞」を受賞し、デビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で、「野間文芸新人賞」、2003年『空中庭園』で「婦人公論文芸賞」、05年『対岸の彼女』で「直木賞」、07年『八日目の蝉』で「中央公論文芸賞」、11年『ツリーハウス』で「伊藤整文学賞」、12年『かなたの子』で「泉鏡花文学賞」、『紙の月』で「柴田錬三郎賞」、14年『私のなかの彼女』で「河合隼雄物語賞」、21年『源氏物語』の完全新訳で「読売文学賞」を受賞する。他の著書に、『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『月夜の散歩』等がある。

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