ほんとうの憲法 ──戦後日本憲法学批判 (ちくま新書) [Kindle]

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  • 筑摩書房
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感想・レビュー・書評

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  • 著者の意図は理解できる。自衛隊も安保法制も必ずしも違憲でないと思う。だがその論拠にドイツ法と英米法の違いを持ち出す必要は全くない。大陸法と英米法では確かに国家観に違いがあるし、それは重要な違いだ。だが著者が古臭いと断じるドイツ公法学の国家法人説に立つ佐々木惣一も大石義雄も自衛隊合憲論者である。GHQが草案を作ったからと言って英米法の枠組で解釈しなければならない理由はないし、英米法で解釈すれば必ず合憲が導かれるわけでもない。

    英米法を持ち出さずとも、芦田修正を踏まえれば合憲の解釈は可能だし、百歩譲ってそれを横に置いても、制定時の趣旨に沿って解釈すればいい。通常の法律と比べて法文解釈より立法趣旨を踏まえた論理解釈が重視されるのは憲法学の常識だ。著者も言うように、国際協調を尊重して侵略戦争で二度と他国に迷惑をかけないというのが根本の趣旨であれば、敗戦直後ならともかく、現在の国際環境において武力を持たない、持っても他国の軍隊とは協力しないという非現実的なイデオロギーが、その趣旨とは何の関係もないのは明らかだ。護憲派に欠けるのは英米法の理解ではなく、そういう常識的な現実感である。かと言って集団的自衛権を認める国連憲章に基いて9条を解釈すべきというのも飛躍である。国際社会の実態を見れば、著者が依拠する横田喜三郎のようなナイーブな国際法一元論は逆の意味で非現実的である。

    英米法、大陸法、国際法はそれぞれ固有の論理と歴史を持ち、長所もあれば短所もある。外国法を継受して近代法を整備した日本において、法解釈の一つの参照基準にはなり得てもそれは絶対ではない。ローマ法を継受した欧州でもその論理を選択的に取り入れながら、自国の法文化(ゲルマン法)との融合を図ってきた。つまり重要なのは、自己と自己を取り巻く環境を正しく認識し、その現実に立脚してどんな社会を志向するかである。それを置いて英米法や国際法の論理を振り回しても意味がない。比較法的アプローチの意義は認めるが、学問的にかなり厳密な手続を要するし、本書はあまりに不用意な議論が目立つ。著者の専門である地に足のついた国際政治学で観念的な憲法学の陥穽を突く方がよほど説得力がある。法学内在的な批判なら佐々木惣一の批判で尽きている。

    最後に「抵抗の憲法学」について。著者の批判にも一理あるが、憲法が国制を律するものである以上、そこからの逸脱に対する抵抗の自由は保証されて然るべきだ。問題はその「抵抗」が自己目的化してはいないか、或いは裏返しの権力欲ではないかということだ。その意味では本書の斬り込みはまだ手ぬるい。なまじ法律論を持ち込むから焦点がぼやける。宮沢俊義が八月革命説を唱えたのはGHQに媚びて公職追放を免れるためだ。彼はGHQ草案を見て180度立場を変えた。著者はこの事実を知りながら何故その欺瞞を暴かない。宮沢の弟子達が「抵抗の憲法学」に固執するのは、権力批判が知的であるというインテリ共同体の空気に媚びるためだ。美濃部達吉の蹉跌を踏まえて大衆を味方につけるためではない。大衆とは知識人が指導すべきものと思い込んでる東大の先生がそんな健気なことを考える筈がない。

  • 憲法9条は国際法との連続性の中で解釈するのが最も妥当、というシンプルで力強い主張。完全に同意。

    今までなぜこういう合理的な憲法解釈ができなかったのかを丁寧に論じている。大陸法の理論で英米法を読み解くからああなる。立憲主義の定義もおかしい。ロマン主義的な憲法解釈を喜劇的とまで言う。そして、偉い憲法学者があぐらを書いていた東西冷戦のつかの間の平和は終わって久しい。

    ロシアのウクライナ侵攻で、自称「知識人」がことごとく的はずれな分析をして、事実上ロシアの味方になってしまうのは、そういう過去の稚拙な論考の名残。

    日本国憲法の9条は先進的な平和憲法ではなく、戦争を違法として力による現状変更を禁じた国際法と同じ水準にある。過去に国際法を破った日本は、国内法にそれを記すことで国際水準に追いつくことを目指した。今や完全に追いついている。

    ここから、自衛隊も他の国の軍隊と同じことができるはずだとする。完全に同意。そして、他の国の軍隊も自衛隊と同じように、国権の発動たる戦争や武力による威嚇は国際紛争を解決手段として行うことはできない。

    湾岸戦争後の機雷除去任務から自衛隊の海外活動が始まるが、これは国内の議論が熟していなかっただけで、最初から国連が要請する軍事活動に自衛隊は参加することができた。

    世界情勢は厳しくなる一方であり、国連決議に基づく武力制裁の任務も自衛隊に課せられる可能性がある。もはや「憲法があるからできません」とは言えない。今の日本の立場では言うべきでさえない。憲法の前文にある崇高な理想のために、より一層の努力が求められるし、それに応えなければならない。

    自衛隊の活動は純粋に、国際法に基づき、国際協調を志向し、人道と日本の安全と国益の観点から選んでいくべきとなる。

    9条のパリ不戦条約と国連憲章との共通点に気づいてから、「自衛隊も他の国の軍隊と同じことができる」という結論に至ったが、まったく同じ結論が導かれていた。それも深い論考の後に。9条の解釈について今までで一番強く同意した。

  • 憲法とは、国際法をオーバーライドする形で作られているというのがこの本の趣旨。したがって憲法の意味解釈は、国際法を基準にして考えないとおかしなことになる。現在の日本の憲法学者は、70年前に書かれて近代文をそれのみを基準にして考えるという極めて閉鎖的なニッ地に住み着いて、独自進化を遂げた生物である。当然国際法をベースクラスとして捉えるという考え方をしない(一部では、そういうふりをしている奴もいるが)。なので、憲法をドグマとして扱い、亡国の危険など顧みることもない。こういった馬鹿どもに読んでほしい本なのだが、まあ、普通に考えてこんなことはおこらないわな。

  • 憲法の内容、とくに9条の条文に対する昨今の世間の解釈が、いろいろなところに障害をもたらしているということを、その成立背景などを詳細な文献をもとに説かれています。憲法はなぜ9条を設けているのか。交戦権とは何なのか。戦争放棄という概念に対する世間の認識は誰が醸成しているのか。戦前の大日本帝国憲法から始まる、憲法学者による憲法への解釈の歴史を知ることで、それが分かってきます。
    日本国憲法を作ったのは誰かということよりも、それがその後の歴史で日本人のとらえ方という面で成長してきたものなのだと感じました。それだけ強い思いがここに込められていて、それ故に歪みも発生してしまっているのだと思います。今一度、冷静にその歴史を見つめることで、呪縛から逃れ、国際平和の一員となりたいという著者の強い思いを感じることができます。

  • 9条のように特定の条項だけに注目して、文言を事細かく解釈しようとすることは、本来の憲法典が定めている意味を見誤る危険がある。

    『ほんとうの憲法 ──戦後日本憲法学批判 (ちくま新書)』(篠田英朗 著) より
    "統治権」というものは憲法典で存在しておらず、自衛権も存在していない、と言えば済むのではないだろうか。その上で、11条と13条にもとづいて社会構成員の安全を守る責務を政府が果たす行為について、国際法上は自衛権の規定で合法性が確保されることを確認すれば、十分なのではないだろうか。"

    本書は歴史的背景、国際法などを含めた全体的、理論的に開設されている。ものの見方、理解の仕方をも再認識させられる良書でした。

  • 著者の篠田 英朗は、Wikipediaによると

    東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。学部は国際社会学部、大学院はPeace and Conflict Studies Course/国際協力専攻を担当。専門は、国際政治学国際関係論、平和構築。国際連合などによる平和構築の政策から、国際社会の理論までの研究を手掛ける。

    とのことである。
    したがって、本書の主張はどちらかというと国際協力・国際協調という観点から憲法を読み解いてみようということにある。

    東大の法学部(=日本の法解釈の権威)を本書ではかなり批判しているが、これを対する彼らの見解を聞いてみたいきもする。
    この手の書籍は1冊だけ読んでわかったような気になっては本質を見失う。
    特に、憲法9条に関する百花繚乱の様相を呈している問題については本書だけではなく色々な見解を理解する必要があるだろう。

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著者プロフィール

1968年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。同大大学院政治学研究科修士課程修了。ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)博士課程修了、Ph.D.(国際関係学)を取得。広島大学准教授、ケンブリッジ大学客員研究員などを経て、東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授(国際関係論)。著書に『平和構築と法の支配――国際平和活動の理論的・機能的分析』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『国際社会の秩序』(東京大学出版会)、『「国家主権」という思想――国際立憲主義への軌跡』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『国際紛争を読み解く五つの視座――現代世界の「戦争の構造」』(講談社)、『集団的自衛権の思想史――憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)など多数。

「2023年 『戦争の地政学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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