樋口一葉の『闇桜』は、明治時代の男女の儚い恋心を綺麗に描いたような作品だ。しかしそれだけではなく、その時代特有の恋愛観や男女観がリアルに描かれている、というのがこの物語を読んだ印象だ。
例えば、幼なじみの良之助と一緒にいるところを友達にからかわれただけで、主人公の千代があまりにも動揺してみせるシーンがある。これは、当時女性は従順でおとなしいことが理想とされていたため、年頃の女性は男性とふたりで歩いているだけでただならぬ関係だと思われてしまう、という背景がある。
また、良之助への恋心を自覚してからの千代が、全く楽しそうではなく、むしろずっと辛そうで、最期に恋の病で死んでしまうことは、当時の知識人男性の理想が、『自分と対等に会話ができる知的な女性(学問をしている女性)』であることが大きな理由でであると考えられる。千代は家柄は悪くないものの、時代の最先端をいく女性には知識的に遅れをとっていたため、そうした意識が千代に劣等感を抱かせていた。
このように、ひとつひとつのシーンに明治時代の価値観が埋め込まれていて、それが積み重なったことによって、『恋の病で死んでしまう』という現代では考えられない結末に発展していくというのが実におもしろい作品だと思った。