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『王とサーカス』の作品紹介

2001年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から海外旅行特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王をはじめとする王族殺害事件が勃発する。太刀洗はジャーナリストとして早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり……。「この男は、わたしのために殺されたのか? あるいは――」疑問と苦悩の果てに、太刀洗が辿り着いた痛切な真実とは?

さよなら妖精』の出来事から10年の時を経て、太刀洗万智は異邦でふたたび、自らの人生をも左右するような大事件に遭遇する。2001年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクションにして、米澤ミステリの記念碑的傑作!

『王とサーカス』著者・米澤穂信の直筆コメント 著者・米澤穂信の直筆コメント

著者・米澤穂信

米澤穂信からのメッセージ「11年目の結実」

かつて『さよなら妖精』を書き上げたとき、胸に新たな疑問が生じました。
私は「いま、ここ」だけで物語が語られることを潔しとしません。そのために、未だ生々しさを残す過去や、遙か彼方の異国に題を取ってきました。
しかしそれは、いわば高見の見物ではなかったか。なぜそんなことが出来るのか――。その問いを反芻し続け、ようやく小説として結実させられたときには11年が経っていました。『王とサーカス』、お楽しみ頂ければ嬉しく思います。

王とサーカス

王とサーカス

米澤穂信 / 2015年07月29日発売 / 1,836円 / 東京創元社

プレゼント

王とサーカス』の発売を記念して、著者・米澤穂信さんの直筆サイン色紙と東京創元社公式キャラクター「くらり」のぬいぐるみをセットにして抽選で5名の方にプレゼントいたします! 応募方法は簡単。下記のボタンから『王とサーカス』への期待コメントを添えてツイートするだけでOK。たくさんのご応募お待ちしています!

たくさんのご応募ありがとうございました。

当選された方にはTwitterのダイレクトメールでご連絡いたします。

『王とサーカス』のレビュー

  • dai-4さんのレビュー 

    古典部シリーズやその他数点、著者の作品は読んできたけど、登場人物を一にする(らしい)「さよなら妖精」は未読。そんな背景を持つ自分が、本最新作を読んだ感想を書いてみます。
    まず最初に、主人公らの視線を通し、ネパールという国家の現状が示されていく。21世紀を迎える直前に、ようやく導入された民主制。とても整っているとはいえないインフラ環境。裏通りの退廃ぶりなどなど。でも一番気を引かれるのは、そういう生活環境の中を生き抜く上で、幼くして既に、狡猾さや穿った物の見方をするようになっている子供の存在。ほとんど知らないかの国のことを、少しずつ理解してきたところで、王宮で大事件が勃発する。記者である主人公は、事件の取材を進めていく中で、現場で働く軍人とつながる。
    その軍人との接触場面が、タイトルにもなっている「王とサーカス」という章で描かれているんだけど、この章のインパクトは強く、本書が何を論じたいのか、その核となる部分が提示される。記事は何のために、誰のために書くのか。当事者にとっての悲劇が、第三者の目に晒されたとき、興味を引くための見世物になってしまっているのではないか。
    巷間に溢れる写真や記事を、取り上げて議論して、は我々が日常的に行っていること。当たり前に享受している「知る権利」だけど、それって本当に当たり前?「知られない権利」も含めて言論の自由のはずなのに、数の暴力の前に少数意見が掻き消される場面は、きっと少なからずある。受け取る側も真剣に考えて、賢くならないといけない。そんなことも改めて考えさせられた。
    とまあつい鯱ばった事を書き連ねてはみたけど、同時にミステリーとしても十分楽しめたし、構えずに読める極上の娯楽作品だと思う。

  • とし長さんのレビュー 

     2001年。旅行記事の取材の下見のためネパールを訪れたフリージャーナリストの太刀洗万智。しかし現地に着いてから数日後、王宮で皇太子による王族銃殺という衝撃的な事件が起こり、太刀洗は現地の様子を伝える取材を開始するのだが…

     ブクログのゲラの献本企画が当選し、発売前に読ませていただきました。

     この本の大きなテーマは「なぜ伝えるか?」ということ。ジャーナリストの万智はある人物に対する取材の際、「なぜ直接関係のない国のことを書こうとするのか」「書いたところで、それは結局悲劇という娯楽とされて埋没していくだけではないのか」「それなのになぜ、自分たちの話したくないことを話さなければならないのか」と質問され、詰まる場面があります。
     そしてそこから彼女は、自分の仕事の意味を考え始めます。自身のすることに何の意味があるのか、そう悩む彼女の思考というものがとても真に迫っていて、その苦悩が読んでいる自分にも伝わってきます。

     また記事の執筆時でも、この写真を使うかどうか、派手さを狙ったセンセーショナルな記事で、自分の名声を上げ次の仕事につながりやすいようにするかそれとも派手さはなくても事実に忠実な記事を書くのか。そうした揺れる心情もとても上手く表現されていたと思います。

     そして、その苦悩は物語の最後の対峙のシーンにもつながってくるのですが、その待っていき方もとても上手いです。その苦悩あったからこそ描かれる結になっていて、万智のジャーナリストとしての成長、が分かるのはもちろん事実から真実を創りあげようとする人の性の怖さ、というものが見えてきます。

     そうした大きなテーマとはまた別にネパールの現地の雰囲気や日常描写がしっかりと書き込まれていて、そうした点でも米澤さんの巧さを感じました。

     今やSNSの発達で簡単にだれでも情報発信できる時代になりましたが、発した情報が真実なのか、それとも事実から無意識的に創りあげた物語や思い込みなのか、ジャーナリストでなくても考えないといけないのかもしれないと少し考えてしまいました。

  • ao-nekoさんのレビュー 

    ネパールを舞台にしたミステリ。「さよなら妖精」の太刀洗万智が主人公ですが、内容的に直接の関係はないので読んでいなくても大丈夫……かな?
    王家で起こった衝撃的な殺人事件をメインに扱っているかのように見えますが、問いかけられる一番大きな「謎」はそこじゃなくて。真実を知ること、伝えること、そして受け止めることの重みに関してひどく考えさせられるものでした。たしかに真実は重要だけれど、それがすべてではなく。そもそも真実が必ず正しいと思う時点で、罠にはまっているのかもしれません。
    殺人事件の犯人や真相についてはかなり分かりやすかったけれど。「敵の正体」には絶句。いたずらに真実を正義と信じることの辛辣さを突き付けられた気がしました。

  • poron330さんのレビュー 

    御好意により、少し早く読むことができた。感謝しております。
    ネパールに取材に訪れたフリージャーナリスト太刀洗は、そこでナラヤンヒティ王宮事件に遭遇する。そこで知り合った王宮警護にあたっているラジェスワル准尉が、殺害の上で曝された。その背中にはナイフで密告者の意味の言葉が刻まれていた。なぜ彼は殺されたのか、王宮事件との繋がりは、というミステリ要素があり、複線も楽しく登場人物もそれぞれ魅力的で、真相は結構意外で面白い。が、真の主題は報道とは何かという結構重いテーマである。これがこの本の題名が意味することとなっている。
    今の生温く平和極まりない日本に生まれ育った身には、ネパールの少年サガルの言葉が心に刺さる。世界各地の出来事を報道で知り、ひたすら消化している我々。定期的にしているユニセフへの寄付すらも自己満足に過ぎないのではないのか、そんなことまで考えさせられる。
    チャイを飲みたいな。

  • kokesibuneさんのレビュー 

    とある友達がちょうどあるSF作家の死をネタにして販売を促進する行為を憂いていたので、よくわかった。私はさよなら妖精が推理小説の中で一番好きなので、続編をゲラ版で読めて嬉しかった。
    この作品ではよく祈りについても取り上げているが、それは私たちがする祈りという行為が、釈迦の黙している行為と似ている事を表したかったのだと思った。
    文化の違いも適度に出せていてよかった。
    さよなら妖精では主人公の無力感が強かったが、こちらは一定の答えを導き出せているように感じた。
    この本に出会えてよかった。

  • あこさんのレビュー ネタバレのレビュー

    おもしろかった。

    米澤さんのは「折れた竜骨」がとてもおもしろかったので、「王とサーカス」という題名で、そっち系のファンタジーミステリーかと思って嬉々として献本応募。
    おお、なんかきたーっと、喜ぶも、開けてビックリ、紙だと、こーゆー厚さ、重さになるんだ!あまりの分厚さにこれ読めるのか、とちょっと不安になりつつもページをめくる。

    冒頭で、あれ?と思い、ガネーシャと耳にしたことのなる神様の名で、あれれ、と思い、トーキョーロッジに至って、あ、現代の話だったのか、と知り、ならば、どーゆー話なんだ、と読み進める。

    ネパール、カトマンズ。
    どうやら仕事のようだけれど、なぜ彼女は1人でここに?と思っていると、いきなりの凶事。
    皇太子が国王夫妻、皇族らを会食の席でいきなり銃撃、多数の死傷者。
    フリーの記者として、大刀洗は取材を開始する。その取材の過程で出会ったラジェスワル准尉とのやりとりは非常に印象的。
    なぜ、知ろうとするのか、なぜ伝えるのか?
    その必要はあるのか、意味はあるのか?
    悲劇も喜劇も、他人事ならば、知ったところで、知らされたところで、それはただの情報として消費される。
    「王とサーカス」
    なるほど、この題名はそういうことだったのか。
    伝えることで状況が改善されるということもあるだろう、誰にも知られることなく、なにか不穏なことが進んでいくということもあるだろう。けれど、確かに、多くの何度も何度も報道される悲劇はもう起こってしまったことで、それによって本当に悲しむ人、苦しむ人がいる一方、「大変だねえ。」「かわいそうだねえ」の一言だけで次の瞬間頭の隅に追いやられる。にもかかわらず、悲劇の詳細は伝えられ続ける。
    なぜ起こったのか、どうやって起こったのか、関係者の証言、街の人の反応、専門家の意見。そうして、次の悲劇が起こった途端にあっという間に消えてしまう。次から次へと新しい出し物をしなければ飽きられてしまうサーカスのように。それでも、伝えるのはなぜなのか。この時の彼女は答えられない。その後、准尉は何者かに殺される。図らずも彼女は、その死体と対面し、ショッキングな写真を撮ることになる。なぜ、彼は殺されたのか、王宮での事件との関連は?不穏な空気に包まれる異国の地で、彼女は、ひとつの答えを見つけ出す。

    どこか迷いの中にあるようだった彼女が、自分が撮った写真について、これは伝えるべきなのか、否か、判断するために取材を続けることを決めてから、物語の展開のスピード感?いや、緊張感が増して、そこからは一気に最後まで読んだ。なるほどー、そーゆー展開ですかー、っと。なんだかちょっと苦いですね。まあ、人死んでるんだから、ハッピーなわけ、ないんだが。

    「子供と歩けば子供の街、坊主と歩けば坊主の街さ。」とゆーサガルの言葉が好きだった。それはきっとなんにでも言えることなんだろうなあっと。誰の、どんな視点で観るか、考えるか、によって、そこで起こっていることは1つでも、分かること、感じること、は多種多様なんだろう。いろんな表情をみせてくれた彼の最後の感情が怒りと憎しみだったことが、とても哀しい。

    なぜ知ろうとするのか、なぜ伝えようとするのか。答えられなかった問いに、彼女は向きあい、一つの答えを出す。けれど、サーカスを観たい、楽しみたい、という欲求ときっと私は無縁ではいられないだろう。ただ、知っておかねばならないってことはあると思う。何を知るべきなのか。受け取る側は、それを考えなければ。ただ漫然と流れてくるものを受け取るだけでは、誰かの思惑に操られるままってこともあり得るんだから。

    チャイというのはなんかイメージとしては甘いミルクティって感じなんだが、どうなんだろう?飲んでみたいなー。あ、あと、熱いものは熱く、冷たいものは冷たく食べたいんだっと力説していたロブにぬるいのは手で食べるからじゃない?といった大刀洗に、おお、なるほどーっと思った。言われてみれば、ですな。ここも、違う視点から見れば、なんだな。

    そして、なにか意味ありげな彼女の友人の死については、別の作品に、あるのでしょうか?うーん、なんか読んだことがあるような、ないような・・・・。機会があれば読んでみようと思います。

  • かんざきさんのレビュー 

    『さよなら妖精』で登場した太刀洗万智が本作の主人公となるが、10年後のその舞台は前作を知らずとも問題ないので、真っ白な状態でもぜひ手に取って戴きたい。

    フリーの記者としての第一報を慣れぬ海外の地、ネパールで書くことになった太刀洗。そこへナラヤンヒティ王宮事件と共に直後に殺人事件も起き、太刀洗は記者としての選択を迫られる。

    本書はもちろんミステリとしての楽しみもある。実際の事件を扱っていると知ればなおさらだ。だがこのなかで幾度となく問われていることはただひとつ。なんのために伝えるのか。太刀洗はフリーの記者として、何度も問われることになる。それは私たちにも問われる。記者ではない、ただの群衆である、サーカスの観覧者である私たちは、なんのために何を知るのか。報道は毎日めまぐるしく情報を垂れ流していく。取捨選択は自由だ。サーカスの演目から、好き勝手眺めることができる。一時酷い事件だと心惹かれても、次にセンセーショナルなことが起こればすぐに忘れてしまう。「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽」であり「悲劇は消費」されている。心当たりがまったくない人も少なくはないだろう。私が今ここにこうして書いていることも、レベルは違えど同じである。

    フリー記者太刀洗万智として、どんな答えを出すのか、また太刀洗が記者として現れたことによって動き出す人々の信念はどんなものか。人の行動は、だいたい理由がある。彼らの事情を含め、ミステリとしてもおもしろい。

    またここで群衆の恐ろしさというものを改めて思い知らされた。昨日までは「怒りを街で見かけることはほとんどなかった」というのに、たった一つの事件でそれらは街の中に伝播していく。だがたった数日でそれらは「見えなくなっ」ていくのだ。そんな街の中で見つけた答えに正解はやはりないのだろう。しかし太刀洗は記者として、自分なりの答えを出す。

    余談としてひとつ、10年の経験を積んだ太刀洗は、嫌いだった自分の名をきちんと名乗り、相当魅力的な女性になっていると期待したのだが、あまり太刀洗らしさが感じられなかったのは、私だけだろうか。少し残念だったため、欠けた部分とした。
    「手の届かない場所のことを知ろうとする意味について」考えるという、前作の登場人物とは真逆を行った太刀洗の未来を見たところで、そんな彼らの後も追いかけたいと思った。

    この度は発売前に貴重な作品を読ませて戴き、ありがとうございました。サーカスの準備から、太刀洗はどのような演目を選んだのか、ぜひ一読して戴きたいと思う。

  • youshigaさんのレビュー ネタバレのレビュー

    少しずつ読み進めようと思っていたのに、結局一気に読み終えてしまった。
    それもこれも、最初に扉の一言に打ちのめされてしまったせいだ。本作は、前作『さよなら妖精』の10年後。フリーの記者となった太刀洗万智が、ネパールで遭遇した事件についての話だ。とはいえ、はっきり言って、本作の中で前作の『さよなら妖精』との直接的な関わりはそこまで明言されていない。マーヤの事を匂わす話でさえ、片手で足りるほどしか出てこなかったのでのはないだろうか。けれど、万智がネパールで遭遇した事件、そこで出会った人々を通して出した「なぜ伝えるのか」に対する答えを思い返すほどに、言葉にはならないあらゆる所にマーヤの残したものを感じずにはいられない。深読みのしすぎかもしれないが、前作で知ってしまっていたゆえに「忘れたい」と繰り返していた万智だからこそ今の職業を選んだのだという気がするし、そう考えれば、たどりつく答えも最初から一つしかなかったような気がする。だからこその、扉の言葉なんじゃないだろうか。くよくよとその人との思い出を語るだけが、その人を想うことではない。いつまでもその人のことを思い出すことだけが、その人が大事だった証ではない。多分、そういうことなのだろう。

    ところで、改めて『王とサーカス』というタイトルを見ていて、ふと、ゴダールの『気狂いピエロ』を思い出した。サーカスにはピエロがつきもの、というせいもあるが、あの映画のヒロインが車の中で口にしていた台詞が、今回の話とリンクしたせいだ。「“その他大勢”って、悲しいわ」から始まる、あのセリフ。“ベトコン115名”から何も分からないのと同じで、ニュースは当事者たちの人生を、日常を語ってはくれない。そんな中、上っ面だけで言う「真実を伝えなければならない」「同じ悲しみを繰り返さないために」はパフォーマンスにすぎないんじゃないだろうか。記者はもちろん、そうして発信された情報を受け取る側の私たちも、誰かのかなしみをサーカスにしないように、万智のように考え続けなければならない。

  • 辺緒ちいえさんのレビュー ネタバレのレビュー

    『熱いものは熱く、冷たいものは冷たく、真実は正義で、嘘は悪?』

    初めに、今回発売前の貴重な作品をあずけて頂き、本当にありがとうございます。楽しく読ませていただきました。

    正義とは、なにを指すのだろうか。僕たち人類は何度も手を替え品を替え、それを明確にしようとしてきた。曇りなき正しさを求めれば求めるほど、正義の後ろで悪が蔓延りそれは、表と裏、光と影、切っても切り離せないものであるかのように、誰に対しても正しくあることは不可能のように思えてくるほど、僕たちは答えがわからず悩まされてきた。

    そして、誰かのための正義が、また別の誰かを傷つけ、その呪いのような炎は常にどの時代でも拠り所を変え移り、いつも誰かの心を燃やし続けている。

    僕たちは毎日ニュースを見る。今日もまた誰かが死んだ。当たり前のことだ。人が一人も死なない日があったのなら、それこそ重大ニュースになってしまう。僕たちは誰かの死のすぐそばで息をして生きている。そして、僕たちは時に目撃者になり、稀に当事者になり、そして、ほとんどが傍観者になる。小さく大きなその事件はニュースになり、当事者達の手を離れ知らない人達へと知らされていく。沢山の他人が物知り顔で、時に悲しみ同情し、時に怒り反論を述べる。しかしどっちも精々5分程度の事だ。そしてそれを僕たちは当然のように消費している。毎日のローテーションに組み込んでいる。それは挨拶のように。

    僕たちには「知る権利」があると憲法が言う。知りたいと思った事に対して開示を要求する事ができる。そして、表現の自由がある。知った事に対して、なにか述べる事は憲法によって守られている。つまり報道は正義であるといえる。では、なぜ真実は、正義と呼ぶ事ができないのだろうか。

    僕たちはなぜ、知りたいのか。知った事に対して酷く無関心であるのに。なぜ、真実を求めるのか。それに対して向き合う勇気もないのに。僕たちは本当に知りたいのか。作品はさらに問いかける。光が増せばまた闇も深くなると。そして主人公の大刀洗は何度も自身に問う。

    『なぜ、知りたいのか、誰のために、調べるのか、報道とはなんなのだ、真実は正義なのかと』

    僕は何度も思う。僕はいままでサーカスを見ていたのだろうか。僕の悲しみや喜びは、仮初めで上っ面で、酷く薄っぺらく、軽蔑されるべきものだったのだろうか。

    しかし、この作品を読み終わった時に、僕は気づいた。ああ、そうだったのかと。そんなことは最初から僕はわかっていたじゃないか。僕は僕のためにわからないという事をわからないふりをして生きてきたのだ。それは、自分が綺麗でいるのにとても好都合でそれこそ簡単な目眩ましだった。本当はという前置きの目眩ましだった。

    この作品は報道に対しての警鐘であり、叱咤激励であると思います。なにより僕たちの貪欲なまでの知りたいと思う気持ちに対して、一つの解釈をきちんと用意してくれています。受け取り手次第で、色や表情を変える作品です。是非読んで確かめてください。

    あとがきを読ませていただいて初めてこの作品がシリーズであることを知りました。シリーズものが苦手な方でも安心して読んでいただけると思います。原稿が届いて、一息もせずに読み切る事ができました。とても面白かったです。この感想もまたすぐに消費されてしまったとしても、僕がこの本を読んで、とても充実した休日を過ごしたという事実は消費されないと祈ります。

    だって、僕ら簡単でわかりやすいわけないだろう。だから知りたいんだ。だから、僕らはなにをするんだ?

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『王とサーカス』の著者紹介

米澤穂信(ヨネザワホノブ)

1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞してデビュー。青春小説としての魅力と謎解きの面白さを兼ね備えた作風で注目され、『春期限定いちごタルト事件』などの作品で人気作家の地位を確立する。11年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、14年『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『さよなら妖精』『犬はどこだ』『インシテミル』『追想五断章』『リカーシブル』などがある

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米澤穂信 公式本棚

米澤穂信公式本棚

2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞してデビュー。青春小説としての魅力と謎解きの面白さを兼ね備えた作風で注目され、『春期限定いちごタルト事...

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