徒然王子 第一部

著者 :
  • 朝日新聞出版 (2008年11月7日発売)
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感想 : 21
4

一国の王子が、下界に触れながら自分を見つめ直そうと出奔する。
世捨て人が集うホープレス・タウン周辺の人々との交流(第1部)から、4つの前世を彷徨う旅(第2部)へと、かなり色合いの違う内容で構成されている。
長い長い前世を巡るまどろみの旅の後、現世に戻ってきた王子は愕然とする事実を知るが、そこに一筋の光明があり、歴史が続いていくことを確信する。

1部と2部はどうつながるのか。
それは端的に、2部385ページ半ばに記されていると思う。
長いので引用はしないが、歴史は繰り返し、反復する、ということの示唆として、1部(現世)と2部(前世)の出来事が王子のなかで重なっている。

それでは、著者はなぜ4つの前世、具体的にいうと縄文時代、源平合戦時、戦国の天下人の時代、江戸末期を選んだのだろうか。
ずっとそれを疑問に抱えながら読み終えたが、その答えは、著者が朝日新聞の連載を終えて書いた一文に示されていた。

「歴史の転換点では、人々は過去の原則に回帰する。自分たちが独自の文化を立ち上げ、権勢をふるった栄光の時代に。日本は中華文明とは別の文化的理念を打ち立てた時代に回帰すべきで、徒然王子も旅した戦国時代に一つのモデルがある。また江戸時代はほかのどこにも類例のない文化を生み出した直近の過去である。源氏と平家が争った時代もまた中国との貿易利権を独占した一族に対する狩人の末裔(まつえい)たちの反乱だった。そして、日本列島の人々が他民族と違う文化を初めて築いたのは、縄文時代だった。」

時代の転換期にあって、「日本人とは何か」ということに強く思いを馳せることのできる過去へ、王子は旅する必要があったのだ。
そして、前世にあってそれぞれ姿や立場は違えど、王子は常に「弱き者」の側に立っていた。
日本人は本来、弱きを助ける優しさを持ち合わせているはずだ、というのが、本書の最大のメッセージだろうと思う。

ホ―プレス・タウンは現代の「公界」か?
「この町は人を原点に回帰させる場所なのかもしれない。人が本来あるべき姿をそっと諭してくれる聖地なのかもしれない」(2-p.385)と書かれているが、王子がそうしたように、いろんな精神的・物理的な装飾物を取り払って、一個の裸の人間として価値があるかどうか、多くの現代人は自らに問う必要がある。

と、こんな感想を書いているが、ふつうに読み物として面白い。
ブラックなユーモアも随所に効いていて、読んでいて全く飽きない。
信長をノブ、秀吉をヒデと呼ぶあたりが、聴覚にも新鮮で心地よい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2011年1月11日
読了日 : 2010年12月29日
本棚登録日 : 2011年1月11日

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