神の子どもたちはみな踊る

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  • 新潮社 (2000年2月1日発売)
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UFOが釧路に降りる
「小村さんの中身が、あの箱の中に入っていたからよ。小村さんはそのことを知らずに、ここまで運んできて、自分の手で佐々木さんに渡しちゃったのよ。だからもう小村さんの中身は戻ってこない」

アイロンのある風景
「気色の悪い関西弁使うな。イバラギの人間にけったいな関西弁使われたくないんや。お前らは農閑期にむしろ旗たてて暴走族やとったらええんや」
 町に落ち着いてほどなく啓介と知り合った。両親は水戸市内で老舗の菓子屋を経営していたので、いざとなれば家業を継ぐことはできたが、本人は菓子屋の主人におさまるつもりはまったくなかった。いつまでも仲間とダットサン・トラックを乗り回し、サーフィンをやりながらアマチュア・バンドでギターを弾いていられればいいと考えていたが、誰がどう考えてもそんな気楽な生活が永久に続くわけはない。

神の子どもたちはみな踊る
 母親と二人で暮らしている阿佐ヶ谷の賃貸マンションを出て、中央線で四谷まで行き、そこで丸ノ内線に乗り換え、霞ヶ関まで行って日比谷線に再び乗り換え、神保町駅で降りた。たよりない足で多くの階段を上り、多くの階段を下りた。神保町の駅の近くに彼の勤めている出版社はあった。海外旅行関係の本を専門とする小さな出版社だった。

タイランド
 三年前にやっと離婚の調停が成立したのだが、その数カ月後に、病院の駐車場に停められていた彼女のホンダアコードの窓ガラスとヘッドライトが誰かにたたき割られ、ボンネットに白ペンキで「JAP CAR」と書かれるという事件が起きた。
「ドクター、ここはデトロイトだ。今度はフォード・トーラスを買うことですね」

かえるくん、東京を救う
 今ここで殺されたところで、誰も困らない。というか、片桐自身、特に困りもしない。
「私はとても平凡な人間です。いや、平凡以下です。頭もはげかけているし、おなかも出ているし、先月40歳になりました。偏平足で、健康診断では糖尿病の傾向もあると言われました。この前女と寝たのは三カ月も前です。それもプロが相手です。借金の取り立てに関しては部内でも少しは認められていますが、だからといって誰にも尊敬されない。職場でも私生活でも、私のことを好いてくれる人間は一人もいません。口べただし、人見知りもするので、友達を作ることもできません。運動神経はゼロで、音痴で、ちびで、包茎で、近眼です。乱視だって入ってます。ひどい人生です。ただ寝て起きて飯を食って糞をしているだけです。何のために生きているのか、その理由も分からない。そんな人間がどうして東京を救わなくてはならないのでしょう?」

蜂蜜パイ
 しかしなぜか高槻は、最初のクラスで淳平を一目見たときから、こいつを友人にしようと決めたようだった。彼は淳平に声をかけて、肩を軽く叩き、よかったら飯でも食いに行こうよと誘った。そして二人はその日のうちに、心を許しあえるほどの親友になっていた。一口でいえば、うまがあったのだ。

 しかし淳平にも高槻の気持ちは分かった。小夜子が母親になってしまったのだ。それは淳平にとっても衝撃的な事実だった。人生の歯車がかちりという乾いた音を立ててひとつ前に進み、もう元には戻らないことが確認されたのだ。それについてどのような感慨を抱けばいいのか、淳平にはまだよくわからなかった。

 大学に入った当時のことを彼は思い出した。クラスで最初に顔を合わせたときの高槻の声が耳元で聞こえた。「なお、一緒に飯を食いに行こうよ」、温かい声がそう言った。
「どうして僕を食事に誘ったの?」と淳平はそのとき質問した。高槻は微笑み、自分のこめかみを人差し指の先で自信たっぷりにつついた。「俺にはいつでもどこでも、正しい友達を見つける才能が備わっているんだよ」

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感想投稿日 : 2014年7月19日
本棚登録日 : 2014年7月19日

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