日本文学100年の名作 第8巻 1984-1993 薄情くじら (新潮文庫)

制作 : 池内紀  松田哲夫  川本三郎 
  • 新潮社 (2015年3月28日発売)
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感想 : 9
5

全10巻で日本文学100年の歴史を綴る中短編セレクト集の第8巻。1984年から1993年に発表された名作14編を収録。時代は昭和のバブル時代から平成へと進んでいく。様々な事件があったこの時代に描かれた作品は、いつ何が起こるか分からない危うさを感じるものが多いように感じた。

深沢七郎『極楽まくらおとし図』。深沢七郎の代表作というと『楢山節考』が有名であるが、この作品にも通じるものがある。結末を知り、二度読みしたが、何とも恐い話である。

佐藤泰志『美しい夏』。秀雄と光恵の若い夫婦の時間を切り取ったような作品。秀雄の苛立ちは、この時代を象徴しているのだろうか。そんな秀雄に寄り添う光恵の姿が心地良い。

高井有一『半日の放浪』。定年退職した『私』の日常から、社会から必要とされなくなったかのような疎外感が伝わる。

田辺聖子『薄情くじら』。四十五歳の主人公が鯨食べたさに妻と争う姿が滑稽であるが、その真相が分かる時、何とも言えぬ切なさを感じる。捕鯨禁止や週休二日制など、この時代らしい背景も描かれている。

隆慶一郎『慶安御前試合』。さすが、隆慶一郎と言える時代小説である。政治に翻弄されながらも、己れを見失う事の無い剣豪の気高さ…これが、この時代に隆慶一郎が伝えたかったことなのか。

宮本輝『力道山の弟』。昭和三十年代の力道山の弟なるインチキなテキ屋とともに当時の父親の姿を思い出す主人公。思わず、物語に引き込まれる文章は見事と言うしかない。

尾辻克彦『出口』。このセレクト集にこれまで収録された作品の中では異質であり、一番笑える作品だった。極めて主人公は真面目なのだが、タイトルの意味を知り、思わず、ニヤリと笑ってしまった。確かに小学校の頃は学校で大をするのに抵抗があった。さらに後半の主人公の置かれた危機的状況が非常に面白く、泉昌之の『かっこいいスキヤキ』に収録されている『ロボット』を彷彿とさせる。

開高健『掌のなかの海』。ロンドンの酒場の話から、少しずつ物語が広がり、知らず、知らずに物語の世界に引き込まれる。物語の広がりとともに主人公が酒場で知り合った老医師の孤独と悲しみに目頭が熱くなる…

山田詠美『ひよこの眼』。高校生の恋愛物語かと思いきや、何とも深い、深い物語だった。『ひよこの眼』というタイトルに全てが凝縮されている。

中島らも『白いメリーさん』。都市伝説を追いかけるフリーライターを主人公にしたホラー作品。噂の伝播と人間の心の底に潜む闇…時代を象徴するかのような作品である。

阿川弘之『鮨』。駅で手渡された鮨を巡る話。一つだけ食べるか、食べまいか迷う主人公が滑稽であるが、残りの鮨にまつわる、その後の物語がまた深い。

大城立裕『夏草』。この時代だからこそ描いたかのような戦争の悲劇。昭和二十年代の沖縄…死と隣り合わせの極限状態に置かれた夫婦…二人の子供を亡くし、生きる希望も消えかけるのだが…

宮部みゆき『神無月』。個人的には、この頃の宮部みゆきが好きだ。読ませてくれる時代ミステリー小説。毎年、神無月に起きる押し込み強盗…ミステリーだけではなく、人間の温かさを感じる作品。

北村薫『ものがたり』。真相は読者が考えるといった面白い趣向のミステリー。結婚三年目の夫婦の家に妻の妹の茜が大学受験で居候することに。茜が語る創作した時代劇…

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本
感想投稿日 : 2015年4月1日
読了日 : 2015年4月1日
本棚登録日 : 2015年3月31日

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