レビュー by 92chanさん
久しぶりに読み直した。
「近思録」「伝習録」「大学・中庸」と新儒学の基礎的な著作を読んでからだったので、誤読していた部分、理解不足だった部分を補うことができた。
西郷隆盛は陽明学を実践し、常に人欲を排し、死の恐怖を克服し、誠を全うし続けたようだ。
この本に書かれていることは大別すると「誠を実践した状態の説明」と「誠を実践するためにどうしたらいいのか?」の二つだ。
儒教は社会の中での自力救済を目的とする学問だ。
個人的な自力救済を求める仏教、神による救済を求める耶蘇教とは目的を異にする。
評者が初めてこの本を読んだとき、評者は西郷隆盛の事跡に憧れ、彼の思想を学ぶことによって何かの足しにしようと思っていた。
そこには西郷を偉大なる功績を残したという一点において評価するという思考があった。
今、西郷についての評価は異なっている。困難な時代において陽明学的な誠の実践者としてわが国の歴史の中で西郷は抜きんでている。
その人格そのものが尊敬に値する。
また、私見だが本書によく登場する「天」は大陸の哲学にある「天」とはニュアンスが異なっているように感じた。鎖国最後の思想家のうちの一人、西郷隆盛の語る「天」は我が国のオリジナリティを感じさせる。
困難な状況においての自力救済の法が本書にある。それは最後のサムライにして最初の日本人という世代の代表的人物によって語られる。
オススメ。
■過去レビュー
西郷流の哲学が収められている。
それは苛烈激烈で凡そ常人の持ち得る精神力では耐えきれないものに思える。
「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものだが、この始末に困る人でなくては、艱難をともにして国家の大業を成し得るものではない」
とは、本書にある言葉である。
これはマズローヒエラルキーと妙に符号する。
漱石の則天去私もまた似たような意味だ。
この西郷の言葉は何かを成そうという者には真理に近いと思う。
レビュー登録日 : 2010年05月23日
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