月明かり―慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2011年9月28日発売)
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本棚登録 : 68
感想 : 5
4

慶次郎シリーズとしては13冊目にして、初の長編。

長く続いてきたシリーズの中で構築されてきた、人間関係や空気感などを踏まえた上で、
ようやく今回、改めて初篇である「その夜の雪」に立ち返るような物語でした。

幼少時に目の前で父を殺された息子・弥吉が江戸に戻ってきた事をきっかけに、
一時は止まったはずの歯車が噛み合わないままぎしぎしと回り出し、再び悲しい連鎖を呼び起こしていく。
特別、誰が悪い訳じゃない。
この物語に心底からの悪人は誰ひとりとしておらず、
ただ巡り合わせが悪く、時折ふと魔が差した事がそれぞれにあっただけだ。

もう少し我慢が利いたなら、
もう少し勇気があったなら、
もう少し人の気持ちまで考えられたなら…

それらは、ほんの小さな迷いや欲。
普段なら何の事もないはずなのに、運悪く重なって転がって、
気が付いた時には手が付けられなくなっていた。

…時代小説として江戸を舞台に描かれているが、
この物語の持つテーマそのものは、現代にもひしひしと訴えかけるものがある。

"みんな一生月明かりの中にいて、夜目遠目でごまかされていりゃ幸せなんだよ。"

それでも人は夜の中、ひとりではいられない。
誰かの姿が見えたなら、駆け寄って近くで見て触れたいと願う。
たとえ裏切られ落胆し、傷ついたとしても、人はまた手を伸ばさずにはいられない。
だから、いつまでも幸せを探し続けている…


久しぶりの慶次郎シリーズでしたが、
胸の奥にじわじわと染み込んでいく筆致は相変わらず素晴らしいものでした。
激しさがなく淡々としている分、読後の反芻がいつまでも続きます。
人であることの切なさに満ちた一冊です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 時代小説
感想投稿日 : 2011年11月6日
読了日 : 2011年11月6日
本棚登録日 : 2011年11月6日

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