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  <title>ahchan shelf</title> 
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  <title>救児の人々 ~ 医療にどこまで求めますか (ロハスメディカル叢書 1)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/4990346157</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41XQ7COlVGL._SL160_.jpg" /><p>この1年間私がいたNICUという場所は、とても特殊な場所で、命の誕生はとても素晴らしいけれど、そのことをただ「おめでとう」という言葉だけでは過ごすことができないという意味では、たくさんの人が「負の感情」を処理していかなければならに場所だと思う。お父さんお母さんは予想よりもずっと早い出産に戸惑い、目の前にした我が子の小ささに戸惑い、この子が無事大きくなれるのかという不安や、この子を早く産んでしまったことへの罪悪感とか、そういった負の感情をたくさん抱いていく。仮死の子であれば、鎮静剤で眠っており、手足を動かさない我が子に、成長への不安を拭いきれない。おまけにそのなかで新たに発生する問題ひとつひとつにも、また一喜一憂してかなければならない。医療者たちは、声をあげることが難しく、病状が変化しやすい小さな命に気を張って向き合い、心配な部分と、成長が見られた部分と、両方を親御さん達に伝えていく。お預かりしている命なのだ。

その1年間の生活のしめくくりのひとつとして、この「救児の人々」を読み返した。この本では新生児仮死で脳性麻痺になった赤ちゃんを持つ親御さんと、新生児医療に関わる産婦人科医と新生児科医と、その後麻痺が残った子たちの在宅医療に向けた準備やレスパイトに関わる神経内科医の生の声が載せられている。

医療が発達したから、それまでは生きながらえることが難しかった新生児仮死で重い障害が残る子たちが生きられるようになったということは常に議論になる。「それは群が移動しただけだ」というのは網塚医師の語りである。確かに、この本でピックアップされたのは、新生児仮死のお子さんを持つお母さんたちの声だった。その一方で1000g未満で生まれた小さな子供たちであったり、新生児仮死で同じように脳低温療法を受けた赤ちゃんであっても、大きな声で泣いて、いっぱいおっぱいも飲めるようになって帰る子たちもたくさんいる。それを含めてなお、「みんな助けるのか」とは言えないと思う。
網塚医師が第11章で語られていたように、日本のNICUを見て分かるように、国民皆保険で、どの赤ちゃんも平等に潤沢な医療が施される基盤があるという意味で強い国力が示されている。しかしその実、生んだ後の赤ちゃんのことは親にたくさんのリスクを背負わせている現状がある。そもそも赤ちゃんたちへの医療というのは、前提としてお母さんに付属して、と考えられている現状がある。病院にいる健康な新生児に対しては、それに見合うような適切な医療者の人数配置がなされていない。費用も「分娩代金」の中に少し含まれる程度だ。そんな現状が問題なのに、カンガルーケアやうつぶせ寝をスケープゴートにして、本質的な問題を隠してしまっているというのは大切な指摘だと思う。仮死の赤ちゃんの将来も、結局その親御さんたちが自分の人生を180度変えて一緒に暮らすことにしないとうまく回らないような、そういったリスクを親が背負わせている社会であり、本当の意味で「子供は社会の財産」という仕組みにはなっていない。
産婦人科学会の会長が「これからは（たらい回し事件のような）少ない事例も助けられる仕組みを作らなければ」とはいうけれど、結局その先は先細りになっているし、ベースの基盤、つまり赤ちゃんの人権やそれを支える親の人権はとてももろい崩れやすい地盤で、それを固めてくれるような社会ではない。（p280, l2;文字通り「砂上の楼閣」って感じでしょうかね。そんな印象を持っています。）実際医療経済の逼迫があるから、そこにまで国が責任を持つことが難しいということであれば、それ以外の人も含めて、医療技術の制限（＝線引き）をどこにもっていくかということを議論して、金銭的な配置を考えていかなければならないけれど、正直「医療費が足りないから、NICUの費用は削りましょう」という議論はまったくなされていないのが、現状であるというのも、網塚医師が指摘するところである。前記したように、赤ちゃんたちが「親に付属して」と考えられている社会においては、声をあげられない赤ちゃん達が自分たちを守るためのNICUへの、その先にある小児科への、医療費の配置を訴えることもできず、自分で声が上げられる大人の医療への金銭的配置が優先されやすいというのはあるのかもしれない。
それが悪いというわけではない。でも限られた費用を国としてどうしていきたいの？未来投資するの？それとも今いる高齢者達を守ってその人達のパワーを活用してくの？という議論をそろそろしなくてはいけないのではないだろうか。
そもそも、早産になりやすい出産の基盤を作っている社会の現状（高齢出産にならざるをえなかったり、不妊治療をせざるをえなかったり）があるのも問題であって、そこについても社会が子供を大切にしていくのか、今ある経済を支える人材を休ませないで大切にしていくのか、という議論が必要になってくる。

小阪医師、井合医師は麻痺になった子供達の在宅医療の支援をしたり、レスパイトを引き受けたりする立場の先生方で、その話の中で「急変時にどうするか」という議論の難しさを語っている。「新生児は（中略）まず家族として一緒に生活して自分の子供で可愛いという、そういう思いもまだできていない段階で、大変な状況で。だからその後が大変なんだと思うんですよね。重心施設の子は、家族として生活していて、親と子という関係ができているので、親も自信を持って自分の意見が言えます。」また、在宅医療を引き受けている親御さんたちの苦労に脱帽すること、支援がまだまだ不足している現状を伝えている。

そこに行き着くのが、新生児医療の結果であろう。やり過ぎもやらなさ過ぎも非倫理的と語る豊島先生の語りには、線引きの難しさと、「親御さんと赤ちゃんの絆が築かれる前に、後遺症などの話を聞かされると、考えやお気持ちが様々になるのは仕方のない部分かなと感じますから」という新生児医療の難しさを語られている。網塚医師も11章で「線引き」の難しさを指摘していて「もはやそれは医療者が独断で決められる域を超えている」と語る。そしてそれに対して、豊島医師は、とにかく現状の不足している部分も含めて正直に語り、共有し、その上で親御さんと選択をされている姿勢が端々に感じられた。

生命倫理では、新生児に関連する決定については、赤ちゃん自身の「best interest」を追求することを掲げている。しかし、実際には何がbest interestなのかは答えがない。親にとってのbest interestとも言いきれず、でも実際には親がその赤ちゃんの立場になって考えるということが現実だ。しかしそのためには「親御さんと赤ちゃんの絆がまだ築かれる前にある」という状況がことを難しくしている。

この議論から私が教訓とするのは、NICUに赤ちゃんがいる状況であっても、できるだけ家族が「この子は私の子供なんだ」と感じられるような時間を作っていくお手伝いをすること、その上で現状の難しい部分も可能な部分も正直に共有した上で、赤ちゃんのbest interestを考えていくこと、それがNICUのなかでまずできることだと思う。
そのうえで、もう一つ重要なのは、在宅医療を支える支援の充実である。今現状それがとてもハードルが高いことである以上、その選択をすることはとても重い決断になる。だから親にとっての「best interest」と赤ちゃんにとっての「best interest」を天秤にかけざるをえないのが現状だと思う。それでは考える方向も自ずと誘導されてしまう。だからこそ柴崎医師は、「病気のお子さんをおうちでみていく仕組みを充実させることが一番大事かな、と思いますけどね。」と語っている。そこに「でもそれはNICUが増えることより難しいと思います。」とも付け加えているが。

そういった気持ちの変化に関する生の声が、梨花ちゃんのお母さんである高橋麻里子さんと雄二さんだ。
「自分を救いたいことばっかりなんですよね。」と自分のこと、自分のこと、と語られる言葉に、すごく親近感が沸いた。「電話が鳴ると、病院からの「急変した」という電話じゃないかと、そういう期待もするようになっちゃったんだよ。」という言葉も至極正直だと思った
そしておふたりはうつ病を煩われ、しばらくは面会をお休みする時期もあったという。
でも最終的に在宅に戻ってきた梨花ちゃんをお姉ちゃんは「普通の妹だと思っているよ」と。
途中ソーシャルワーカーの方に麻里子さんが言われたという「障害者の生について否定する人もいるけれど、「自分にふりかかるのと嫌なんでしょ」という言葉もとても響いた。結局議論はその想像力があるかどうかも大切だとは思うし、結局想像できない人が多いという現実なのだと思う。
そして麻里子さんは、梨花ちゃんの痰の吸引を覚え、そのとき「退院を迫られるかな」という不安も抱えつつそれを覚えて、「この子は私に身を預けているんだ」と感じられたことは大きかったという。そのときお父さんの雄二さんは置いてけぼりにしてしまったという部分はあったけれど、結果一緒に進み始められるようになって、在宅に向かっていった。
印象的なのは「この子を受け入れるのは、上の子と同じように愛情を持つことだ」という言葉。「女の子は傷を創りたくない、綺麗でありたいんですよね。」自分で動くことができない我が子を前に、そういう感覚を持って接することができるようになるまでに、途方もない時間と、途方もない感情の揺れを経験されたのだろうと想像する。でもそれを乗り越えさせてくれたのは、10ヶ月を寝食共にしたというお母さんの我が子への思いであり、この子への愛情が絶対的に必要だったのだと思う。それを忘れて医療の議論をしてはいけないだろう。

そして最後、同じように重い障害を持つ我が子をシングルマザーで引き受けた赤石さんは翔太くんに「「私のこと好き？」って聞いてみたいなあ。」と語られていた。お母さん達がお父さん達が、意思表示が難しいこの子たちと会話できるようになる、愛情が示せる、そんな時間をサポートすることを忘れてはいけないのだろう。それがあって初めて、物事は前に進める、そんな気がした。

私は1年間、上の先生の助けを存分に受けながら、仮死の子とも、小さな600g台で生まれた子とも、その親御さんとも向き合ってきた。中には、生まれて数日のうちに命を落とすことになった赤ちゃんとの出会いもあった。余命が長くない病気を背景に持っている子とも向き合うこととなった。そのなかで、自分でも後悔するような発言や行動があったのは事実だし、もっとうまく立ち回れたのではないかと思うこともあったけれど、何とかここまで走ってきた。幸い医療者は、それほどお金のことに悩まずに、医療を施せる日本の仕組みがある。それでも、その後を支える仕組みの弱さには、確かに閉口してしまう。</p>]]>
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  <dc:date>2012-04-23T06:39:39+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>novel</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B0026O1JD0"> 
  <title>マンマ・ミーア! [DVD]</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B0026O1JD0</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/514U3mDUY2L._SL160_.jpg" /><p>個人的にはlow pointが続いていたので、長らくレンタルしていたのに、このDVDを見ることができずにいました。
でも春の匂いに誘われて見始めてみると、ABBAの曲に身を委ねて、あっという間に見切っていました。そして、映画では"Kalokairi"と呼ばれていた、Skopelos島というエーゲ海の島の景色の美しさと、それに生えるSophieとDonnaのblonde hairに見とれていました。

結婚式を前に、お母さんの苦労、お母さんの人生の犠牲をねぎらう一方で、何か足りないと思いながら、父親の影を探しているSophie。彼女のことを大切で仕方がない、そして他に選択肢もなく女手一つで彼女を育て、女としての幸せを見て見ぬ振りしたDonna。結婚式を機にそれらのピースが思わぬ絵を描き出したのでした。

結婚式の装いに着替えるふたりの会話が印象的でした。
"I wouldn't have had it any other way.  My God, look at what we've had."
"will you give me away?"
  
  
Director : Phyllida Lloyd
Sophie : Amanda Seyfried
Donna Sheridan : Meryl Streep
Sam Carmichael : Pierce Brosnan</p>]]>
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  <dc:date>2012-03-26T02:05:29+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>Foreign movie</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/4480425578"> 
  <title>自分の仕事をつくる (ちくま文庫)</title> 
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<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51PaxmxORoL._SL160_.jpg" />]]>
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  <dc:date>2011-12-16T06:45:38+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>essay</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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  <title>ライフ・イズ・ビューティフル [DVD]</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51KIuUBIcRL._SL160_.jpg" /><p>La vita e bella

おどけたピエロを常に演じているような主人公のGuido。
彼に惹かれていくDora。
庭の温室の場面がとても好きだ。

いつだって
とても苦しい、とても辛い、暗澹と描かれる収容所においても、
Guidoは息子と”ゲーム”に日々興じ、
最期までピエロだった。

あんな風に愛に溢れたGuidoという男性の生き方は
DoraやGiosuèの物語において
きちんと夫であり、父であったと思う。

Director : Roberto Benigni
Guido Orefice : Roberto Benigni
Dora : Nicoletta Braschi
Giosuè : Giorgio Cantarini</p>]]>
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  <dc:date>2011-09-24T14:12:22+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>Foreign movie</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/4087462765"> 
  <title>負けるのは美しく (集英社文庫)</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41uUPAswOML._SL160_.jpg" /><p>当事者は、今やっているまさにその最中は、夢中でその中に隠れているいろいろなことに気づく暇がない。そういったことは以前にも言葉にしたことがあった。
http://plaza.umin.ac.jp/~shiro/cgi-bin/46_mt_essay/2007/05/notremid.html

その後振り返った時に、後から意味を見いだす。おそらくエッセイを読むというのは、他人がそうして振り返っている姿に寄り添うことだと思う。さらにその姿を参考にこれまでの自分自身について振り返り、自分自身の体験に意味を見いだすのが、エッセイの醍醐味だと思う。
　
この文章で児玉さんが歩んだ俳優としての道を一緒に振り返る姿のなかで、印象に残ったこと。

「傲慢でいることの傲慢さーくり出せなかったパンチ」
「背中に見た哀しみと大人振りー宙を見ていた」

なかでも、自身の立場故に怒りを感じないでいられなかったのは、娘さんの癌闘病を綴った一節「すべて焼滅した」だった。こんなことはあってはならない。優しさが見え隠れする児玉さんの真っすぐな怒りとやりきれなさが伝わり、悲しくなった。


自身の俳優体験が軸でありながら、いつも描かれているのは、その視点から見た周りにいる人の姿であり、それに畏れ入る児玉さんの姿だった。
とてもその佇まいは謙虚で、選び抜いた言葉で綴り、しかし自分への自信も忘れない。「負けるのは美しく」座右の銘が表す姿を生き抜いたのだと思う。</p>]]>
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  <dc:date>2011-09-20T06:59:50+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>novel</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B000QJLROI"> 
  <title>それでもボクはやってない スタンダード・エディション [DVD]</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B000QJLROI</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41qLrVfbJ8L._SL160_.jpg" /><p>「実際に起きたこと」というのは、まぎれもなくひとつしかないのだけれど、それは常に明らかで、それはいつも「正しい道」であり、それが必ず「事実」と見なされ、人はその道しか選択できないのだと思っていた。人はいいひととわるいひとが分けられるように思っていた。でも、これも誰もが知っているように、必ずしもそうなるわけではない。

医師としての仕事を始めてから、そのことを全身で感じるようになって、だからこそものすごく悩んでいる。患者さんのことをまっすぐに考える精神を持っているつもりでありながら、自分の力の限界に臆病になって、突き進めないことがある。病気を治す方法は一つしかないのかと思っていたけれど、本当に目指すべきゴールというのは、患者さんそれぞれに違っていて、そもそもゴールがはっきり汲み取れることばかりではないし、必ずしもその方法は一つでなく、そこには「選択する」という行為が生まれる。小児科で働く私は、親御さん自身の気持ちや訴えることのできないこどもたち自身の気持ちも考えなくてはいけない。そういういろんなことを考えて、結局動けなくなってしまうことだってある。職場の人間関係のなかでも、普段は信用している先生でも、この先生はどうしてこの部分はこういう考え方なんだろう、と賛成しきれない部分について複雑な思いになることがある。正しいことがひとつではないこともあるし、正しい・・・というか理想とされることがあっても、必ずしもそれを選択できる訳ではない。私たちは立場は違えど、いつもそういう場面にいるのだと思う。
　
　
この主人公が本当にやったかどうかは分からないけれど、仮に本当にやっていないのだとしたら、実際に起きたことをただ言えばいいというものではなく、証明しなくてはいけないということがとても皮肉なことだと思った。そして本当の犯人は全くこの映画に出てきていないかもしれないという悔しさがある。弁護士だって守らなくちゃ行けないということだけは決まっていて、でも最初は「本当にこの人がやっていないのか」という疑いの目から始まらなくてはいけない。本当にこの人が真っ当な顔をして嘘をついているのであれば、だまされていることになる。人を信じるということの本質を考えざるを得ない立場だ。心理合戦だ。そして法律もただ答えがのっているわけではなくて、それをどう解釈するか、ということが、これまでの判例を通じて決まって行くものだという。それをどううまく解釈するか、ということは法律家として、時にへりくつをこねるようで、実際は心が傷つくこともあるのではないかと思う。 
裁判官も同じ。まっぴらな嘘をついているかもしれない人間を裁くことの難しさ。精神のぶれや気持ちの引っ張られ方は当然あるわけで、それを差し引く努力は計り知れない。

でも本当の本当は、世の中そんなに性善説ではいかないのかもしれないけれど、「真実」を話してもらうための人間関係作りであり、信頼感であり、諭しであるのではないかと思う。そういう心が介在する部分があるのではないかと思う。その意味でプロの仕事であり、「人」の仕事だと思う。法律家として優秀なのは、信頼関係を築き、人間の良心を引き出し、真実を明らかにした上で、その上で妥当な刑罰を選択することもしくは有罪無罪を判断すること、なのではないかと思う。


本来有罪なのに無罪を訴える人、そのひずみが出てくる何か根源があるんだろうと、そう考えることで、私たちはその人たちを拒否しないですむ。そしてその人がいつか真実を語ってくれるのではないか、そのためにできることがあるのではないか、そう考えていたいというのが、私の願いだ。 人間にはそこまでの心があるのだろうか。あってほしい。

http://www.1101.com/suo/index.html

監督：周防正行
金子徹平：加瀬亮
荒川正義：役所広司
須藤莉子：瀬戸朝香
金子豊子：もたいまさこ</p>]]>
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  <dc:date>2011-09-14T11:41:49+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>JPN movie</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/4091670482"> 
  <title>海街diary 4 (flowers コミックス)</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51dbm4rxRML._SL160_.jpg" /><p>・帰れないふたり
・ヒマラヤの鶴
・聖夜に星降る
・おいしいごはん

「帰れないふたり」では、奥さんのいる男性へ想いを寄せ、それを終わりにした幸と、同じ立場だった母と、その間にできた自分との狭間で悩んで、苦しんで、でも共感もして、その複雑な想いの中で流した涙が、印象的だった。

そして心温まったのが「おいしいごはん」。思い出のごはんに想いを馳せて、美味しいと思った訳ではないけれど、その人を思い起こす食べ物や飲み物があって、時間が経ってからそれに寄り添うことで、そのときは理解できなかった気持ちとか人柄を理解して、距離が縮まる。
もう会えない大好きな友だちがいつも飲んでいたロイヤルミルクティ、あの頃は匂いに慣れなかった父が毎朝淹れていた珈琲。私なりに思い出してみる。</p>]]>
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  <dc:date>2011-08-20T23:10:02+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>comic</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B002M34BM6"> 
  <title>60歳のラブレター [DVD]</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B002M34BM6</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51PjA0QmhbL._SL160_.jpg" />]]>
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  <dc:date>2011-08-18T06:15:05+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>JPN movie</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B0011FMRF4"> 
  <title>クローズド・ノート スタンダード・エディション [DVD]</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B0011FMRF4</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51tmNl1XYXL._SL160_.jpg" /><p>真野伊吹先生が、紅色の万年筆のインクで綴る小学校4年生の担任としての日々、そこに自身を重ねて教師を目指す香恵。
子供たちに真っすぐ向き合い、少し思春期に近づいて捻れそうになる難しい年頃の子供に悩む伊吹先生の姿は、大人として魅力的だった。そして彼女がその端々に寄せる「タカシ」への想いは、小学生の女の子のよう。


ちょうど人の魂がこの世に戻ってくるお盆の時期に見たのが重なって、伊吹の届かなかった想い、リュウの応えられなかった想いに涙腺を緩めずにはいられなかった。

万年筆で想いを綴る手の動き、
その万年筆で伝えたい想いを絵に託す姿、
その映像が、また心温めてくれる。


堀井香恵：沢尻エリカ
真野伊吹：竹内結子
石飛リュウ（隆）：伊勢谷友介</p>]]>
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  <dc:date>2011-08-18T06:14:37+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>JPN movie</dc:subject> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/4062752956"> 
  <title>リトル・バイ・リトル (講談社文庫)</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/414A947DSEL._SL160_.jpg" />]]>
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  <dc:date>2011-05-23T01:05:23+09:00</dc:date> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B0021ZMHOO"> 
  <title>ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版 [DVD]</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Nu20bEvoL._SL160_.jpg" /><p>小さなフィルムの一場面に心躍らせるトト。彼を見守るアルフレード。これはふたりの物語。一方でこの映画は20年前に作られたものだが、既にその時代に、主人公の人生の横で常に寄り添っていた「映画」という世界の趨勢も描いている。
その当時の映画館には、人々の笑いも感動も悲しみも青春も詰まっていて、正に「NUOVO PARADISO」だった。トトはその場所で父の訃報を知り、様々な疑似体験をし、現実の厳しい恋も経験し、新たなステージへ旅立っていった。30年の時を経て戻ってきたその場所には見向きもされなくなった映画館があった。NUOVOの文字はすっかり影を帯びていた。あの時空回ってしまったものはもはや取り戻せない。変わってしまうことも避けようがない。でも30年経っても色褪せないものも確かに心の中に眠っていて、フィルムはそれを残してくれていたのだと思う。その道を歩み続けたことに誇りを感じていたのではないかと思う。
映画が大好きな人が作った、映画を大切にしたい想いに溢れた映画だ。



例えば昔は白黒だったファミコンや携帯電話が、今やカラーなのが当たり前になったように、駅員さんがはさみを入れてくれていた切符がカードでタッチになったように、私が生きてきた短い間にもたくさんの当たり前が変わっている。その中で私の暮らしも気づかないうちに確実に変化を遂げている。
でも私もこんな風にずっと大切にしたいものが見つかるといいな、と思う。</p>]]>
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  <dc:date>2011-05-14T00:13:35+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>Foreign movie</dc:subject> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/4101297711"> 
  <title>天国はまだ遠く (新潮文庫)</title> 
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<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/4154EZV5Y6L._SL160_.jpg" /><p>挟んであったレシートを見ると、1年前の3月に買っていた。
新しい職場にまだ慣れることができずに、すっかり塞ぎ込んでいた気持ちを持ち上げようと本棚からとったこの本の最初の章を読んで、今絶妙のタイミングで読み始めたことに気づいた。
それまで何度かこの本を開いて、でも主人公の女性の意図が掴めずに、北へ向かう列車の場面で挫折していたのが嘘みたいに、今回はすーっとページを繰っていた。

全てを終わりにしたいと思うきっかけというのは本当に些細なことで、そこから抜け出すのもまた些細なことに依る。

田村さんは都会暮らしをしていたのが嘘みたいに、自然のなかでの暮らしが染み付いている人だ。包み隠さない無愛想の奥に、御両親を失った悲しみや神に祈る気持ちが見え隠れして、割り切れない気持ちを抱えている人なのかな、と思う。そういうのを乗り越えて今の田村さんがあって、彼が言葉少なに彼女に見せて伝えていたのは、そうして田村さんが辿った軌跡だったのではないかと思う。

皮肉にも？それとも予想通りに？街の暮らしへ彼女は戻っていく。自然をいただく過程を目の当たりにして、ものへの愛着も自分の見苦しさも理解したのかもしれない。田舎にはいられないことを自覚する旅だったのかもしれない。田村さんの大雑把なところに引っ張られるように率直な自分になって「長生き」できるようになったのかもしれない。マッチのお守りを得て。


温かい4月の風にふかれて、堰を切ったように涙が溢れてきて、明日がくるのか本気で希望が持てない夜を過ごしても、その翌日には笑って職場の人と話せる自分がいて、「日常」というのは実際はそういう日々が連綿と続いているものなんだと思う。

私のお守りはその時々で、変化していく。音楽、誰かにもらった言葉、写真、人との繋がり。大丈夫、まだ明日が来ると思える。</p>]]>
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  <dc:date>2011-05-12T21:48:31+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>novel</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B003187GDM"> 
  <title>風が強く吹いている [DVD]</title> 
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<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51S0DbFYeYL._SL160_.jpg" /><p>2012年1月3日

ハイジは「走る」ってどういうことなのかを知りたいって。
箱根駅伝に出るっていうのが極端な設定なのかもしれないけど、
自分ひとりじゃなくて、駅伝を選んだこと、みんなで何かを達成すること、それに向けたたゆまぬ奉仕のこと、とても素敵なことだと思った。
高校で一度挫折を味わった彼が、もう一度走ることの楽しさを通じて、自分を認めたかったのではないかと思う。そしてその過程で、「みんなで走る」ことを純粋に楽しんでいたのではないかと思う。走るってそういうことなのかな、と思う。

一方で、見守られ、努力をする側としては、監督がいるって、見ていててほしい人がいるって、素敵なことだ。みんなハイジのたゆまぬ奉仕に甘んじているように見えるけど、それに感謝をしているから、彼の見ているゴールを自分も一緒に見てみたいと思うから、ついていったのだと思う。カケルも最初は「仲間を大切にしたくて仲間を裏切る形になった高校時代」の影に引きずられてうまく自分の気持ち表現できなかったけれど、速いからといって決して自分一人で走りたいわけではなく、みんなのなかで走ることを誰よりも望んでいたのだと思う。そしてカケルの美しい走りをうらやむだけでなく、「自分達の仲間」として見届けているのが素敵だった。


みんながお世話になったハイジのために
そして最後は自分のために、
走って頑張って、何かを掴む、素敵なことだ。
走った先にあるものが、強靭な肉体、強靭な精神力、
あたたかい友情、いろいろな景色が見える。
　
　
私は高校の陸上部の時、そういう先生がいたけれど、
途中で止めてしまった。
そしてあのとき頑張れば、という思いが強く残っていたから、
また走り始めた。
大学は監督はいなかったけれど、
その自己責任が自分を育んでくれたと思う。

私はいつも走るときはひとりだけれど、
きっと実際はひとりではなかったし、
だから頑張れたし、
頑張ったからにはその姿を見てもらいたい。
そういう気持ちでまた走っていきたいと思う。



カケルが風になる姿、とてもきれいだ。
朝焼けと一体になって、美しい。

最後に一番好きなところ。
灰二「長距離選手に対する一番の褒め言葉ってなんだと思う？」
走「早い、じゃ、ないんですか？」
灰二「おれは「強い」だと思う。おれは君を信じてるからな。」

監督：大森寿美男
原作：三浦しをん
清瀬灰二：小出恵介
蔵原走：林遣都</p>]]>
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  <dc:date>2011-04-10T17:42:16+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>JPN movie</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B000R17JLA"> 
  <title>ホリデイ [DVD]</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B000R17JLA</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51aY7geNZXL._SL160_.jpg" /><p>別れを経験したふたりの女性がHome exchangeを通じて、痛みを癒し、長年のとらわれごとを克服していく。

私はIrisの素朴で、真面目で、思いやりがあって、熱い気持ちに共感。一方でAmandaのように自立して頑張っている女性がそこから解放されて奔放に振る舞うけれど、とても現実的で完璧な幕引きをする姿もまた頷ける。

本当の姿を隠して文学的青年を楽しむGraham。
三枚目の役回りで人を楽しませるMiles。
それぞれの魅力を真っすぐに受け止めてくれる女性に出会えてよかった。


When Santa Anas blow, "Anything can happen."
 
Christmas holidaysがふたりにとってのSanta Ana windsとなり、その「何か」はきっとsomething special and happyだったと思う。

私もこの映画を見て、とても幸せな気持ちになれた。


もうひとつ書き残しておきたいのが、イギリス英語の落ち着きに、知らず知らず惹かれていたこと。AmadaやMilesのアメリカ英語と、IrisやGrahamのイギリス英語を同時に聞いていて、何となくイギリス英語の余韻に浸っている自分がいました。
たぶん少し控えめで優しい響きがイギリス英語に感じられたのかな。
　
Director: Nancy Meyers
Amanda Woods: Cameron Diaz
Iris : Kate Winslet
Graham: Jude Law
Miles: Jack Black</p>]]>
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  <dc:date>2011-04-10T17:40:58+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>Foreign movie</dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B0049QVM2Q"> 
  <title>ある日モテ期がやってきた [DVD]</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/ahchan/archives/1/B0049QVM2Q</link> 
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<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51xO9TuQHCL._SL160_.jpg" />]]>
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  <dc:date>2011-04-10T17:40:23+09:00</dc:date> 
  <dc:subject></dc:subject> 
  <dc:creator>ahchan</dc:creator> 
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