レビュー by ai-challengeさん
1).目次
まえがき
第1部 法化社会の真実
第1章 裁判員制度と陪審員制度
第2章 司法へのアクセス(弁護士)問題
第2部 濫訴社会が上陸する
第1章 権利の偏重が招く恐ろしい未来
第2章 訴訟好きなアメリカ人
第3章 珈琲訴訟とPL危機
第4章 濫訴社会の原因
2).筆者の主張
・日本社会では、様々な人間関係を従来、「人的信頼関係による支配」でとらえており、権利と義務でとらえていなかった。最近は、法に従って、権利と義務の関係でとらえる傾向が強まっている。これにはいい面と悪い面がある。
・いい面は、いわゆる泣き寝入りが減少する
・悪い面は、濫訴社会になってしまう。いわゆる権利偏重で、教師は子供をしからない。産婦人科医が分娩をしたがらない。
・アメリカでは、コーヒーをこぼして訴えられた「リーベック事件」があるが、日本では同じことは起きない。日本の裁判員制度は、刑事のみで民事は対象にならない。
・日本では、裁判員制度に否定的で、ボトムアップ的に要望したものでないから。それでも導入された日本の裁判制度の目的は
?広範な実社会経験を持つ市民の声を裁判に取り入れる。
?市民参加型の裁判で、市民が司法に対する認識を深める
?国際標準への適合。先進国は市民参加型裁判を実現
?集中審理による裁判遅延の防止
・アメリカの陪審員制度は、市民の努力なしに民主主義は維持できないというところからきている。負担も大きいが権限も大きいアメリカ陪審制度である。アメリカ人は、独立に際して民主主義を勝ち取った。アメリカの考え方は、生命および財産を偉大な一人の男にゆだねるよりむしろ12人の正直な隣人による評決にゆだねたい。偉大な男が常に正直ものとは限らないから。
・アメリカは専門家に権限を与えることを嫌う傾向にある。
・日本は自分たちの力で民主主義を勝ち取っていない。官僚をおかみといい、天下りという。日本人は、愚かな複数の大衆に裁かれるよりむしろ賢い一人の裁判に裁かれたい。
・実際の陪審員制度では多数決の意見を覆さないことが分かっている。
・アメリカの日本研究者によれば、先進諸国に比べて弁護士数が少ないのはカルテルの状態にある。ただ、アメリカでも貧富の差が拡大しており、司法サービスを受けられていないのは、中産階級との話もある。
・日本でもモンスターが増殖している。自転車利用者の歩行者に対する態度は、他者に対する配慮や敬意のかけらも見られない。利己利益ばかりを主張してそれを恥じる様子もない
・マナーや礼儀や道徳は、法律のように国家が強制するものではない。しかし、法律じゃないから何でも好き勝手にやってよいということではない、法律を守るのは最低限の行為である。
・教師にしろ、医師にしろ利他的かつ専門的な役務を提供する高度な職業人にに対しては先生の呼称を付けて敬意を示すのがマナーである。
・医療過誤などを、マスコミが助長するフシがある。
・日本でも「他人のせいにしてはいけない」といったしつけが親から子に対してされてきた。天変地異などの不可抗力が生じてもやむを得ないという心構えが教えられたきた。それが権利の主張に変わり、それが法や訴訟に変わってきた。
・法や訴訟に頼る前によりよい社会を実現するために、バッファーが必要ではないか。
・アメリカにおける訴訟では、「メッドマル(医療過誤)とPL法」訴訟が多い。
訴訟社会において、濫訴社会にならず、同時に抑圧的な因果社会に逆高しなくて済むのは、
?訴訟よりも社会にとって重要なのは、道徳礼儀倫理規範といったルールである。
?日本人が思いだすべきは、「他人の権利への平等な尊重」がある。
?百人いれば百通りの正義がある。正義とは利己の利益に有利な決定といわれるほどである。各自が自己の正義をゴリ押ししてはいけない
?自己責任の議論が重要である。事故で回避できる危険は自身が回避するべき義務を負う、
?中庸、折衷と呼ばれる徳が重要である。最近は、一人の教師の破廉恥な事件をあおって教師全体の信用がなくなっているかのような劇場型による単純化の弊害が目立つ
?マスコミの報道にいちいち惑わされてはいけない。
3).個人的感想
訴訟社会にとって重要なことのうち下記が印象に残った。訴訟よりも倫理感、他人を思いやる気持ち、劇場型のわかりやすさを求めるよりバランスが重要だと感じた。裁判員制度について整理したいときにはまた読みたい。
?訴訟よりも社会にとって重要なのは、道徳礼儀倫理規範といったルールである。
?日本人が思いだすべきは、「他人の権利への平等な尊重」がある。
?百人いれば百通りの正義がある。正義とは利己の利益に有利な決定といわれるほどである。各自が自己の正義をゴリ押ししてはいけない
?自己責任の議論が重要である。事故で回避できる危険は自身が回避するべき義務を負う。
?中庸、折衷と呼ばれる徳が重要である。最近は、一人の教師の破廉恥な事件をあおって教師全体の信用がなくなっているかのような劇場型による単純化の弊害が目立つ。
?マスコミの報道にいちいち惑わされてはいけない。
登録日 : 2009年05月10日 21:35:22


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