夜明けの縁をさ迷う人々 (角川文庫 お 31-6)

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2010年6月25日発売)
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野球少年の練習する河川敷にいる曲芸師。教授の留守番D子さん。エレベーターボーイのE.B.。人ではなく家の要望をかなえる不動産屋。楽器を癒す涙売り。隣り合う世界にいるおじいさん。官能的で雄弁な足をした老女。山の別荘にやってきた小説家と秘書と管理のおじさん。
一字一句一文一行……読み進めていくたびに、小川洋子さんの幻想的な世界がまた胸へと染み渡っていく。これが果たしてよいことなのか、わるいことなのか。わたしにはわからない。

というわけで、小川洋子さんの小説(懐事情ゆえにまたもや文庫版)を読み歩いている。しっかし、小川さんの小説は体に悪い気がしてきましたよ。どうにも胸のあたりが圧迫されたような苦しさを覚えてしまいましてね。どこからその苦しみがやってくるのか。気がかりで夜も眠れますよ。

それはさておき、今回は9つも短編が詰まっている。さすがにざっと書き残すだけでは、自分の記憶へ申し訳が立たない。1つ1つ跡をつけておこうと思う。

『曲芸と野球』
てっきり某超次元サッカーのことかと思っていました。全く違います。河川敷で野球の練習をしている少年が、同じく河川敷で曲芸の練習をしている女性曲芸師との記憶を語っています。……河川敷ってあたりや曲芸要素が、若干超次元サッカーに似通っているといえなくもないか? いや、そんなまさか。
なにはともあれ、女曲芸師がちびっこたちの少年野球のすぐそば3塁側で練習しているものだから、かの少年は1塁側へのバッティングしかできない。他の皆は気にしていないのにね。
そんな二人は病院でもつながりがある。少年の家が病院なんです。いやあ、お坊ちゃまでしたか(違うか)。曲芸師は危険と隣り合わせの職業ですから、常連さんなのです。
まあ、そんなわけでそれなりに交流のあった二人ですが、ある日少年の空振りと同時に曲芸師が乗っていた椅子の上から落下してしまう。
少年の家の病院へ連れて行かれる曲芸師。少年は労わって自宅まで荷物を持って行ってあげるのですが、二人はどことなくぎこちない。そしてそのまま二人は二度と会えなかった。
だけれども、少年が成長してからも野球を続けていると、どこにでも曲芸師が現れるようになります。その姿は昔よりも立派に見える。二人の時間は野球の空間によって続いていくのですね。

『教授宅の留守番』
留守番なんて職業が実際に存在したら、日本の自宅警備員の皆さんが大活躍できるのですけれども、いつも通り想像とは全然ちがいました。
D子さんが留守番する教授宅へお見舞いに行く私。D子さんが留守番を仰せつかったのには、住んでいたアパートが火事に遭い、タイミングよく懇意にしていた仏文の教授がパリへ長期滞在するというわけがある。
お見舞いに来ただけの私だったが、D子さんは大学の賄い婦ということもあり、妙にスパゲッティ―を食べさせてくる。そのスパゲッティ―は彼女の豪快なセンスからか食べ終わると残飯を飲みこんだような後味が残る。
彼女のスパゲッティ―に苦戦する折、教授宅の電話が鳴った。D子さん曰く、「教授の書いた本が賞をもらった」のだそうだ。それから来るは来るはお祝いの品。花は贈答にふさわしいものからすっとんきょうな瓢箪まで。祝電はいちいちD子さんが読み上げる。ウェディングケーキのようなものを食べさせられたり、赤飯、はっさく、シャンパン、鰻の蒲焼き、ベーコン、朝鮮人参……次第に胃の中は食堂の残飯入れのようになった。
そして庭に一対のブリが届けられた。きっと雌雄。のこぎりで迷いなく解体しはじめるD子さん。ようやく彼女の妙な言動の理由が明らかになる。

追記
・本当に教授は何らかの賞を受賞したのだろうか?
・D子さんの料理センスは彼女の中の狂気に通じている?
・私は何故帰れなくなったのか?
・D子さんは本当に教授と愛し合っていたのだろうか?
・外から中へと物が運び入れられていく=口の外から口の中へと食べ物が運び入れられていく→?
・ウェディングケーキと雌雄のブリ

『イービーのかなわぬ望み』
E.B.はエレベーターボーイの男性の通称である。決して〇ァービーではない。
エレベーターで生まれ、エレベーターで99%くらいの人生を過ごしてきたイービーは、そのエレベーターがある中華料理店でウェイトレスとして働く私と、まあ、その、次第にむにゃむにゃな関係になったらしい。仕事の悩みの相談から情人の関係に陥るのはよくある話だ(そうだろうか?)。イービーの夜食を届けに行ったのに、デザートを半分分けてもらえるあたりも、実に女の子の扱いにこなれている。ううむ。できる、イービー(そうだろうか?)。
イービーはもはやエレベーターのために体が変形している。成長、進化というべきかもしれない。養母が亡くなったショックでエレベーターに閉じこもるようになった9歳の頃から身長は変わらず、脛毛も生えない。いつまでもまさに "boy" というわけで(そんな彼がどうやって主人公の私とむにゃむにゃなのかは謎だが)。そんな彼は実にエレベーターボーイとして最高の仕事をこなしてみせた。
だが、甘く幻想的な日々は唐突に終わる。古い店舗を取り壊すことになったのだ。もちろん、イービーの世界であるエレベーターは無残に崩壊する。私は健気にもイービーを外へ連れ出す。イービーがかつて語ったエレベーターのテスト塔へと走る。だが、それはかなわぬ望みだった。

追記
・小人症または小人への神性か?
(例:異形。供物のような夜食)
・上下したり開閉したりするものの、ほぼ完結している世界=イービーのエレベーター?
・そもそもイービーは本当に存在するのか?
(例:座敷童のような存在)

『お探しの物件』
人ではなく、家の要望をかなえる不動産屋。扱う物件はどれもこれも一癖二癖難癖あり。私の知っている不動産屋のファイルとはかけ離れている。

瓢箪屋敷
……瓢箪と結婚、いや、心中するつもりでなければ、いや、これも語弊がある。瓢箪に一生を捧げる。そんな生活が約束されている物件。

チェス館
……住むのにおすすめはできないが、何かの余興にはぴったりの物件。住宅というより遊園地のアトラクションになった方が幸せかもしれない。

丸い家
……先端恐怖症の方、待望の住宅。横になれば、あたかも自身が世界の一部になったかのような錯覚を得られる。先端恐怖症かつ自分をなによりも大切に愛したい方向け。表札には要注意。

リリアン館
……リリアン(ゾウガメ・メス・カラパゴス諸島出身・推定1835年生まれ・体重160キロ・体長110センチ)に無償の愛を尽くせる方にぴったり。加えてリリアンの最愛の麗人が訪れてきても、嫉妬しない寛大な心が必要。

マトリョーシカハウス
……気が長くて極めて良好な静けさを望むひとにおすすめ。また、気の長い友人がいるとなおよし。

『涙売り』
楽器を癒す涙の持ち主が、間接を楽器とする男に心奪われて、口笛女へ嫉妬する話。

『パラソルチョコレート』
パラレル世界のお話。赤と黒のような、チェスのような、そんなお話。

『ラ・ヴェール嬢』
マッサージ師がお得意先のおばあさんから、足裏マッサージをやりながら、実に官能な不思議なお話を聞くお話。

『銀山の狩猟小屋』
ある小説家が秘書(親族のコネを使って秘書となったが極めて有能)と一緒に小説を書くのによさそうな銀山の狩猟小屋へ見学にいく。そこには誰もいないはずだったが、いろいろと山小屋の世話をしてくれているアンバランスなおじさんが先に来ていた。長々と続けられるいやなお金の話を聞かせられた秘書は、思わず契約を結んでしまう。かくして、おじさんは新たな契約者のため、死ぬときに人の産声をあげるサンハカツギという美味しい動物を撃ちにいく。だが、やはり山小屋はどこかおかしい。あの染みは何なのか? サンハカツギとは何なのか?

『再試合』
永遠に続く甲子園の決勝。それは現実にはルール上ありえない世界。私はただひたすらにレフトの彼を死ぬまで見届けることになる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2014年1月4日
読了日 : 2014年1月4日
本棚登録日 : 2014年1月4日

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