散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2008年7月29日発売)
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終戦間近の硫黄島での激闘を指揮した、栗林総指揮官の記録である。最終的にどうなったのかはよく知られているが、そこでの戦いの様子、日本軍の作戦、犠牲になった人のことは、国民が戦後世代に入れ替わりつつある今、詳しく知られていない。勝ったアメリカ軍にとっても長くトラウマになるほどの、地獄の戦いだったという。その戦いを指揮した栗林という指揮官は、どういう人だったのか。
硫黄島に赴任命令が出るまでの栗林氏は、ごく普通の父であり、妻や子供たちを何よりも大切にした。一方、軍人としての彼は合理的で、徹底的に無駄を省いた作戦を立てたという。
硫黄島は、昭和19年の冬にはすでに大本営が見捨てる判断をし、物的人的支援が途絶えた中で、本土への攻撃を遅らせるために持久戦にする必要があった。弾薬だけでなく、食糧、そして何よりも飲料水が絶対的に不足する中、兵士たちは地下深くに塹壕を掘り、戦いに備えた。硫黄島での戦いは、負けることが、つまり生きて帰る可能性がないことが誰にもわかっていた。兵士たちは軍人だったわけではなく、普通のサラリーマンや農民が駆り出された一般人だ。家族に未練もあるし、まだ16歳の若者もいた。
2万もの兵を死なせなければならない、栗林氏の無念さはいかばかりだったろう。最期の出撃前に、のちに大本営に一部変更されてしまった辞世の句を3つ残しているが、素直な口惜しさや本部に対する批判がにじみ出ている。栗林氏の最期を見届けた生還者はいないという。彼の遺骨は今も硫黄島のどこかに静かに眠る。
著者は綿密なリサーチをし、膨大な資料からとてもうまくまとめ上げている。司馬遼太郎ほど意図的にドラマティックに英雄化していないのもいい。今の平和がどういう犠牲の上に成り立っているのか、日本人として読んでおくべき本だと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2016年5月10日
読了日 : 2016年5月10日
本棚登録日 : 2016年5月10日

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