家政婦である「私」。
事故により80分しか記憶が保てない元・数論専門の「博士」。
その博士が「ルート」と名付けてくれた家政婦さんの「息子」。
忘れてはいけない事柄を背広のそこかしこにクリップで留め、
世の中のあらゆるものを美しい数式にあてはめ、
瞬く星を線で結んで夜空に星座を描くように
美しい作法で導き出した数字で人と人の間を結んでくれる博士。
まだ空が明るい雲の切れ間から
一番星に誰よりも早く気づくことができた博士。
夜の準備はもう始まっている。
一番星が出たのだから。
博士の世界はいつも静かで敏感であったかくて優しい。
こんなにも数式が、数字の世界が、美しいとは。
あまりに美しくて、もうそれは下世話な意味ではなく、
官能の領域にすら感じる。シャラシャラと音を立てて
数字が薄い氷の上を滑るような透き通るような青く透明な世界。
"なぜ星が美しいか、誰も証明できないのと同じように、
数学の美を表現するのも困難だがね"
確かにカタチがあるようでない"美"という観念を
言葉で追うことは難しい。でもそれを1冊を通して
いとも簡単なことであるかのように目の前に数字の美しさを
取り出して見せてくれた博士たち。
数字音痴で理数系の才能の欠片もない私が
そこに広がる数式に、深まりゆく数字に、
こんなにも静謐で美しい世界を感じられるとは。
そんな魔法のような感覚を可能にしてくれる小川さんの
筆力に驚嘆して、読後暫く茫然と呆けてしまった。
3人で夕方に夕食をとり、ラジオで野球を楽しみ、
今は見ることのできない江夏の姿に想いを馳せ、
素数の中でも殊更に美しい素数「11」の誕生日を迎えた
ルートの誕生日を祝い、ただただ穏やかで静かな時間を
共有する3人の日々。
どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる
寛大な記号「√ルート」。そのルートを広く自由で
温かい数字の世界とともに育ててくれた庇護者、博士。
連続した自然数の和で表すことができる完全数。
数学、江夏、28。
3人が証明してくれた美しい数式に涙が止まらなかった。
- 感想投稿日 : 2013年6月8日
- 読了日 : 2013年6月8日
- 本棚登録日 : 2013年6月8日
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