他人の顔 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1968年12月24日発売)
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感想 : 199
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途中から嫌な予感しかしない。おっさんが空気読めないのは「通路」が壊れてるせいなの?

顔を醜いケロイドで覆われ、コンプレックスに溺れたおじさんの迷走の記録。ダイエットに取り付かれる自分を見ているような錯覚。

これまでの積み重ねで得た「社会的に安定した立場」と、突然の事故で押し付けられた「ケロイドに覆われた顔」。私は、前者が主人公の本質の証明で、後者は主人公に付随する、無意味な記号のひとつだと考える。たぶん、多少とも情を持つ人間ならそう考えると思う。主人公を取り巻く妻や研究室の人々もそうだったはず。ここには優しさよりも無関心が働いているのかもしれないけど。

だけど、本人はそういうわけにはいかない。
顔に包帯を巻き、そのことで得られる利権を力説し、自分は顔なんかどうとも思っていないこと、「自分を恥じて顔を隠している」わけではないことを全力アピールしなきゃいけなかった。(後々彼が痴漢に走るのも、覆面の利点を証明するためだった気がする)

それで、「顔なんか気にしてる低俗な奴」てレッテルを周囲の人間に押し付けたかったんだろなぁ。
髢の一件もそうだけど、自分がくだんないコトに捕われていると思われたくないんだろうな。そういうプライドの高さが、仮面をつけたときの派手な性格に現れてるんだと思う。私自身が見栄っ張りなので。

能面のくだりで、表情は頭蓋骨の形そのものから来るという考えと、見る側によって変わってしまうのだという考えが交錯する。

どちらも真実なんだろうけど、主人公は見る側の問題、外見ばかりに捕われているように見える。問題点が自分の中にあることを認めたくないんだろうなぁ。
だから、「他人との通路を修復する」と大義名分を掲げながら、最も身近な他人、妻への復讐というよく分からない方向へ突進していく。

そして鼻高々に復讐の顛末を記したノートを作成、妻から呆れられる。
妻もなくしプライドもずたずたの主人公は、なおも言い訳しながら行動に出る。行動しなかった矮小な自分を捨て、まだ妻に否定されていない「禁止を破っちゃえるワイルドな」痴漢へ…って、結局しょうもないじゃないかw
しかしおっさんは、しょうもない自分を受け入れるのだった、てオチ、なのかな。またしても、目的が手段に食われてる。

解説では、妻の手紙は妻が書いたのではないかもしれないと仄めかしているけど、私はなんとなーく、そうは思わない。

その方がエンターテイメント的だし、最後の場面でも都合がいいとは思うけど(女の足音=妻で実質的な復讐)、それ以外に、妻の手紙が捏造である必要ってないのでは…
妻の匂いが偽装工作ってのもいやだし、このおっさんには一生しょぼく生きてほしいw

お話としては惨めなおっさんの言い訳として捕らえたけど、「顔」についての考察、見るものと見られるもの、乗り越えたくなる禁止の柵など、安部作品ではお約束のキーワードはもちろん重要だと思う。
一回読んだだけじゃ物足りないので、また時間があるときに読み直したい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 安部公房
感想投稿日 : 2012年5月31日
読了日 : 2012年5月27日
本棚登録日 : 2012年2月20日

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