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「好きな本は何ですか?」「座右の銘は?」「好きな作家は?」 その答えとして列挙される本や人やことばは、まだあなた(私)にとって対象(もっと飛躍して言えば憧れていることば[の扱い])にすぎない。本当に影響を受けた本は、パクろうとしてなくても、自分のことばに混ざり込んでいたり、自分の考え方や表現とそれほど意識せずして同化されているはずです(ここではその錯覚と実際の差は問題にしません)。と、これは記憶力が極端に悪いやつの言い訳といわれそうだけど(実際悪い)。 春樹と言えば三好。
レビュー by 鼎談社さん
今回はK.ローレンツ。
動物との暮らしが徒然に綴られた本書は、学術書としてよりも観察日記として読まれるべきだろう。ローレンツは攻撃―悪の自然誌や文明化した人間の八つの大罪などの社会批判色の強いものも残しているが、やっぱりこっちの人でしょう、と思う。
動物の話をしている方が、無理がない、主張にもレトリックにも。
アクアリウムの話が出てくるのだが、そこを読んで「私が悪ぅござんした」と思わされた。というのも、私が中高生のとき、当時流行っていた熱帯魚を飼っていたものだが、それこそ、ヒーターとポンプを使いバクテリアを買ってきては注入しあらゆるズルをしていたわけだ。ローレンツ曰くアクアリウムの醍醐味は、生態系の再現をほんの数十リットルのハコの中で再現できるところにある、しかも、同じ条件下でも適当に放っておいても育つ水草のバラつきが出る、つまり個性が偶然生まれるところに味がある。酸素と二酸化炭素、糞とバクテリアと餌と肥やしのサイクルとバランスで遊ぶのである。ヒーターを使わずに育成するならば近所の池や川から水(底の泥や砂利も一緒に)と魚を持ってくるのが手っ取り早い、少なくともその土地の気候などの条件に適しているからだ。私が実家から出て間もなく、アクアリウムは藻だらけになった。なんでも、母がポンプのモーターの低音が五月蠅いと言って夜寝るときに切るようになりしばらくして、スイッチを入れることはなくなり、水は濁り、魚は居なくなったらしい。何年か後には水槽ごとすっかりなくなっていた。要するに、その水槽では生態系のバランスは完全に人為的にしか成り立っていなかったのである(少なくとも魚を生かすような生態系は)。当時は、ものぐさな親に少しはふてくされたものだが、今思えば最初から失敗であった。
時間と経済的な余裕が出来たらそこいらへんから、タナゴでもすくってきて育てようか、そんな気にもなる。自然や動物との付き合い方がまとまった、ペットをねだる子供を持つ親にとっては持ってこいの一冊である。
レビュー登録日 : 2010年09月25日
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