ナラタージュ (角川文庫 し 36-1)

著者 :
  • 角川書店 (2008年2月23日発売)
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本棚登録 : 9857
感想 : 926
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平たく言ってしまえば身勝手な大人の狡さを身につけた教師と、純粋で傷つきやすく未熟だけれど芯の強い、成長過程にある教え子との恋愛の物語である。

物語は一貫して主人公である工藤泉の視点で進んでいく。
高校時代、理不尽ないじめにあっていた泉。
教科担当の教師は見て見ないふりをしていた。
それどころか、泉の方にこそ問題があるかのような考え方をする教師だった。
そんな状況から救ってくれたのが葉山先生だった。
彼女を気遣い、守り、助けてくれた。
二人の距離は少しずつではあるが縮まっていく。
だが、葉山には複雑な事情があった。
信頼関係を築きながらも、どこか泉に対して壁を作っているような距離感。
中途半端な状態に置かれた泉は、意を決して卒業式に告白しようとしていた。
卒業式当日、唐突に葉山が壁を乗り越えて泉を翻弄する。
ほろ苦い恋の思い出として、そのまま過去は過去として泉の中で落ち着くはずだった。
けれど、卒業式の出来事が、いつまでも泉を過去につなぎとめる鎖となって過去から抜け出せなくなってしまうのだ。
泉側に寄り添った読み方をしてしまったせいか、どうしても男の身勝手さが目についてしまった。
さりげなく泉に対してSOSを出し続ける葉山。
辛い過去の傷跡を泉にだけだと見せるくせに、一番重要な、一番伝えなければいけない、大切なことは隠し通す。
泉が離れていきそうな気配を感じとると、まるで自分のもとに引き戻すかのようにとんでもない時間に連絡してきたりする。
本当に泉の幸せを祈っているのか、疑問に思ってしまう。
葉山先生も小野君も泉に甘えすぎだと思う。
自分の大切なものは二人とも譲らないのに、言葉にしないまま泉に多くのことを望む。
優しさで、弱さで、暴力で、泉を引き止めようとする二人を狡いと感じてしまった。
一方、泉の想いは純粋だ。
一途な想いは、いつも最後のところで自分よりも葉山先生を優先してしまう。
葉山先生の心に寄り添い、話を聞いて、ただ傍にいる。
それだけのために、泉は葉山先生から離れることができない。
見返りがあるわけではない。
もともと、泉自身見返りを求めてるわけではない。
だからこそ、葉山先生のついた嘘は泉に衝撃を与えたのだろう。
二人が別れたあと、何を思って泉とのツーショット写真を友人に見せたのか。
葉山先生という人間のいやらしさを見せ付けられたようで、「どうして今さら…」と思ってしまった。
自分の知らないところで、二人で写っている唯一の大切な写真を不用意に友人に見せる。
そのことひとつとっても、葉山先生にとっては最初から泉は人生を変えるほどの存在ではなかったように感じた。
辛くて切なくて、思い出すことさえ苦しい思いをしていないから、安易に写真を見せられたのでは?と思ってしまう。
柚子のエピソードは読んでいて胸が痛くなった。
新堂君はこれからずっと自分を責めて生きていくのだろうか。
いつか彼が前を向いて歩き出せればいいと思う。
どんな形でも幸せだと実感できればいい。
泉には今日も幸せな一日だった…そんなふうに思える人生を送ってほしい。
いつか遠い過去のほろ苦い思い出として、若き日の恋を懐かしむことができるような。
泉を理解し、ありのままの泉を受け入れてくれる人が傍にいるのだから。

とても上質な恋愛小説だった。
切なさも、哀しさも、痛みも、苦しさも、すべては好きだという感情ゆえだ。
どんな思いをしても捨てることの出来ない感情。
それこそが恋なのだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 恋愛小説
感想投稿日 : 2017年4月24日
読了日 : 2017年4月24日
本棚登録日 : 2017年4月24日

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