月光浴―ハイチ短篇集 (文学の冒険シリーズ)

  • 国書刊行会 (2003年11月1日発売)
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 ハイチがテーマのアンソロジー。
「ほら、ライオンを見てごらん」エミール・オリヴィエ 祖国の混乱から放浪生活を余儀なくされ、とある町にやってくる。幻想的で雰囲気はあるが、コッパードの「シルヴァー・サーカス」と似てるんじゃない?あるいはさらに元ネタがあるのかなあ。
「昨日、昨日はまだ・・・・・・」アントニー・フェルプス 反体制の医者マルセルと間違われ囚われたX。1950~60年代独裁体制を敷いたデュヴァリエとその手足となった民兵組織トントン・マクートがテーマになった技巧的な作品。
「葬送歌手」エドウィージ・ダンティカ 故郷を後にし、ミューヨークで暮らす女性たちの日々がスケッチされる。
「母の遺したもの(マトリモワヌ)」
「天のたくらみ」
「はじめてのときめき」エルシー・シュレナ

 以上三作は同じ作者の作品で、どれも短めで日常的なちょっと心温まる感じのもの。ロマンス小説を隠れてこっそり読む「はじめてのときめき」に共感する本好きは多そう。
「島の狂人の言」リオネル・トルイヨ 二章に分かれ、タイトル通り現実とも妄想にともつかぬ男の独り語りが続き、その原因は早々に推測出来るのだが、風土によって醸し出される濃厚な雰囲気がなかなか良い。
「スキゾフレニア」ジャン=クロード・フィニョレ ちょっと難しいがハイチの苦難の歴史とハイチ独立の指導者デサリーヌのイメージが幻の女を通して表現されているのかな?
「ローマ鳩」
「アンナと海・・・・・・」ケトリ・マルス
 以上二作同じ作者。前者は病弱の娘と彼女が心のよりどころとするローマ鳩の話で、後者は夫に長年虐げられてきた妻の話。割と正統的な上手い短篇を書く作家で渋めだが読みやすい。
「ありふれた災難」
「月光浴」ヤニック・ラエンズ

 以上二作同じ作者。前者は貧しい娘と中年アメリカ兵の恋愛が描かれ、後者では地方の村の呪術的な世界が描かれる。ややタイプが違うが官能的なイメージが印象的で特に「月光浴」がいいな。
「私を産んだ私」フランケチエンヌ 二十世紀初頭アメリカ占領時代の自らの家族を描いた自伝的な要素のある作品なのかな。いやしかし本人はフランス系の混血か。混血である作者の複雑な感情を読みとるのは穿った見方だろうか。

 巻末の「ハイチ現代文学の歴史的背景」(立花英裕)が非常に充実しており、その変化に富んだ苦難の歴史がコンパクトにまとめてあり、詳しくない人間には大変分かりやすかった(植民地支配が混乱の原因なのだが、宗主国をやっとのことで追い出しても憎しみの連鎖は収まらず血が流され国は豊かにならないという悪循環。だからこそ植民地支配の罪は一層重い。さらにそこにヴォドゥへの偏見も加わる) もちろん文学の歴史もまとめられているが、仏語表現の作家が多いものの、ダンティカのみは英語表現作家で、事実上の国語はクレオール語ながらクレオール語の文学作品は少ないなど、一度には理解しにくい言語状況がある。ヴォドゥ(ヴ―ドゥー)教への偏見を払拭すべくエリート主導の改革も歴史的にあり、ヨーロッパの影響も強い。作品の選別にはタイプのバラエティに加え、複雑な変遷のあった歴史の様々な時代を取り込もうと意図しているようにも思われる。ハイチ現代文学を俯瞰する貴重な作品集だろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2013年12月3日
読了日 : 2013年12月3日
本棚登録日 : 2013年12月3日

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