海のふた (中公文庫 よ 25-4)

  • 中央公論新社 (2006年6月1日発売)
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まりは、東京の美大を卒業しふるさとの西伊豆の小さな町(もうずいぶんと前からじょじょにさびれていて、この街の人は子の町に興味をなくしてしまっている)で大好きなかき氷店を始めることにした。
その初めての夏に、母の親友良子さんの娘さん、祖母を亡くしたばかりのはじめちゃんをあずかることにした。
彼女にはおおやけどの跡があった。

映画の原作ということで読んでみたのだが、とてもよかった。よしもとばななの一番よいところが出ているし、また版画の挿画もすてきで、本として完成されていると感じた。

P76 お掃除っていうのは、きっとその人がその空間をうんと愛しているという気持ちで記読めることなんだなあ、と私はしみじみ思った。形だけやってもちゃんとわかってしまうし、木でも人でも動物でも空間でもものでも、大事にされてるものは、すぐにわかる。

P98 これからここがどうなっていくか知らない。私はここの大地をなでるような気持ちで、毎日この足で歩き回っている。小さな愛が刻まれた場所は、やがて花が咲く道になるからだ。
それでも、もっと大きな何かの前では、はじめちゃんお言うとおり、私は流されていくだけだ。このひとときさえ、いつかまた泣かせる思い出になっていく。
だからこそ、大したことができると思ってはいけないのだ、と思えることこそが好きだった。私のできることは、私の小さな花壇をよく世話して花で満たしておくことができるという程度のことだ。私の思想で世界を変えることなんかじゃない。ただ生まれて死んでいくまでの間を、気持ちよく、おてんどうさまに恥ずかしくなく、いしのうらにも、木の陰にも宿ってる精霊たちの言葉を聞くことができるような自分でいること。この世が作った美しいものを、まっすぐな目で見つめたまま、目をそらすようなことに手を染めず、死ぬことができるように暮らすだけのこと。それは不可能ではない。だって、人間はそういうふうに作られていこの世にやってきたのだから。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2015年9月12日
読了日 : 2015年9月12日
本棚登録日 : 2015年9月12日

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