レビュー by Cyberさん
天安門広場で起きた中国の民主化運動は、これまでに2回。1976年と、1989年。1976年は僕はまだ出生していない。1989年は遊び盛りの小学生。テレビのニュースはおろか、新聞の記事さえそっちのけの、自分とその周囲数mが、自分の世界。ましてや、天安門事件は、自分の国の事件でさえなかった。『対岸の火事』という言葉の歯牙にすらもかからない、違う国ではなく、違う次元の出来事。
大人になり、歴史の紐を解き、ようやくその事件に着目するも、既に20年が経過。とっくの昔に解決したかに思っていた事件。そう思っていたが、その火種は今も尚、暗い帳の中で辛抱強く燃え続け、瞬く間に煙が四散されそうな無慈悲な強風に煽られながらも、『民主化』という煙と共に燃え盛っている。
たとえ風に煽られなくても、煙は自然と空気の中に溶け込み、隅々まで行き渡ることなくその姿を消してしまう。まるで何事もなかったかのように。
僕にとっての天安門事件は、対岸の火事にすらならなかった異次元の世界。今は違う。通信網の発達によって、その詳細を克明にすることが出来る。ただ、まだ日常にニュースを溶け込ませるに至らなかった、僕と同世代の人達は、もしかしたらこの事件を、未だに異次元の事件として捉えているのかもしれない。いや、事件の存在すら皆無なのかもしれない。
2010年12月、中国で初めてのノーベル平和賞にして、初めてのノーベル賞受賞者が誕生した。劉暁波氏。
このニュースを見て、彼のことを知った。逆に言えば、このニュースが無ければ、劉暁波氏のことも、08憲章のことも、ましてや天安門事件で犠牲になった人達の、本当に訴えたかった、叶えたかった願いなど知らなかっただろう。いや、知ろうともしなかったと思う。
かつてのノーベル平和賞の功績を全て記憶しているわけではない。それでも、アパルトヘイトを終息に導いたネルソン・マンデラ氏や、ミャンマーの民主化活動家のアウンサンスーチー氏、冷戦を終結に導いたゴルバチョフ氏のことはよくニュースに取り上げられていた。勿論、ノーベル平和賞を受賞する前から。なのに、劉暁波氏に関しては、それまでの功績は勿論、『08憲章』をネット上に配信したことでさえ、ほとんど公にされたことが無い。きっと僕と同じように(僕だけかもしれないが)、彼のノーベル平和賞の受賞で初めてその存在を知った人が多いように思う。
しかし、それだけ中国の報道・言論の統制が厳しく、また中国の経済成長を当てにして擦り寄る国からすれば、中国の逆鱗に触れるような報道はご法度、といったところだろうか。
彼の文章は、恐ろしく静かで、激情に満ちたところが無い。ただ、あまりにも抱えきれないくらいの、身を切り裂くような悲壮感が漂っている。08憲章の起草者である以上に、誰よりも中国の民主化を望んでいるから。そして、同じように望んだ数多くの人が死に、その屍と魂の上に自分の生があるから、なのかもしれない。
そして彼は、『国家転覆』を企てた罪として投獄されている。
08憲章の内容は、至極真っ当な、民主主義の国に生きるものであれば当然の権利がそこに書かれている。どこかの国のお偉いさんに読ませたいくらいに。
国家転覆ということは、『中国』という国を、自分の私利私欲のために亡き者にしたり、どこかの国に売り飛ばそうとしているのだろうか。しかし、そんな記述はどこにも無い。今の共産党と方向性は違えど、彼とて中国を愛する一人の人間。なのになぜ、一体どこが、その『愛』を『犯罪』と結び付けられるのだろうか。
さらに彼は、民主主義を東アジアでいち早く成し遂げた日本についても、少ないが言及している。彼らが皆笑顔で陽の光の下で暮らしていけるために、僕達には何が出来るだろう。そしてその考えは、いずれ自分達の国とその未来を作るきっかけにもつながる。
厳しく険しい道のり。簡単には見つからなくても、必ずどこかに、その突破口があるものと信じたい。
レビュー登録日 : 2011年01月17日
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