レビュー by Cyberさん
『日本は侵略国家であったか』という論文を発表したことで、政府見解と異なる歴史観を持っているとして問題視されてしまった、田母神俊雄氏の本。連日の報道でも、論文の内容についてほとんど触れられることなく、一方的に田母神氏を腫れ物のように扱う始末。一応、一連の報道は「政府見解と異なる」としましたけれど(もし「事実と異なる」という報道だったら、ちゃんと事実を検証したのかと憤慨するところでしたが)。
民主党を始めとする野党も、これはチャンスとばかりに責任問題や政権交代の材料に与党を攻め立てます。「日本を『良い国だ』と言って何が悪いのか」と本書内で幾度と無く繰り返していますが、もはや書くまでもなくご存知のはず。野党にとっては論文の内容が正しかろうが間違っていようがどうでもよく、政権交代が出来れば何でも材料にしてしまうのです。確かに政権が得られなければ、自分たちの政策を実現することは難しいけれど、それでも『政権を取れれば何でもいい』という姿勢を浮き彫りにしてしまい、かえって日本の政界は議論よりも政権、国民よりも保身という構造を植えつけてしまったのではないのでしょうか。ある意味田母神氏の論文は、日本人としての誇りを取り戻すのと他に、「日本の政治を担うなら、きちんとした検証と議論を」という一石を投じたように思います。
前半部分は『日本人の誇り』に焦点を当てた、熱く燃えるようなナショナリズム論が展開されていました。しかし後半になると微妙に雲行きは怪しくなり、本当に国を守るための武力展開論に。「国の強さを計る指標は、今も昔も軍事力」とう彼の持論はあながち間違ってはいませんが、やはり誰かを傷付けるような力はなるべく持ちたくないもの。しかし日本だけが粋がったところで世界が足並みをそろえてくれるはずもありません。「生かすより殺す方が簡単」なのでしょうが、そんな思想が無くなる世の中になってほしいですね。
とはいえ、彼の持論は見事なまでに一貫しており、後々になって「いや、実はこうでした」とか「この発言はこういう意味です」とか、撤回したり変に曲解した解釈を与えることがないように思いました。今の政治家とは大違い。ころころ意見や考えを変えるより、自分の意見に自身と誇りを持ち、貫こうとする方が国民もついていく、というもの。勿論、独裁的だったり内外に不利益を生じるようなものではないことが前提ですが。
2008年の大河ドラマ『篤姫』では、「一方聞いて沙汰するな」という台詞が時々登場します。政府やマスコミの一方的な田母神氏及び田母神氏の論文・思想のバッシングを聞くだけでなく、ご本人の弁にも一度耳を傾けてみたらいかがでしょうか。判断するのは、そこからでもおかしくないと思います。
登録日 : 2009年01月17日 09:06:02


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