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インド系移民2世世代の青年、ABCD(American-born confused deshi)であるがゆえに両親のようにインドに対し親しみは持てずまたアメリカに対しても外側からの視点で見てしまう。
青年は改名をし、自身のアイデンティティを確立しようとする。
ラヒリの小説は常に優しい。細やかな描写でイマジネーションが広がる。ラヒリ得意の視点となる人物が交替していく作風で読み手として見方が偏る事がほとんどないので感情的に穏やかに読めるのもよい。
クライマックスは胸が熱くなる。
2012年04月01日
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読み終わった
(2012年04月01日)
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会社を辞めひょんな事からサンドイッチのお店に勤める事になった青年。お店でサンドイッチに合うスープ作りを任される事になる。
青年を取り巻く人々が温かくて優しくて、決してメインではないがそれだけでお腹を心地よく満たしてくれるスープのような人々。
美味しいスープ、サンドイッチ、ポップコーン、ラーメン、太巻き寿司...読んでいてたまらなく食べたくなった(笑)冬の寒い夜に読みたくなるような小説。
2012年02月26日
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読み終わった
(2012年02月26日)
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小説の第1部は5作の短篇、第2部は3作の連作で構成されている。
親と子、姉弟、恋人、愛とは複雑でありながら簡素。出会いと別れは表裏一体。ジュンパ・ラヒリの作品はどれも静かな流れでありながら私の心に鮮明で深い余韻を残す。
第2部の「ヘーマとカウシク」は視点の交替による描写がとてもおもしろい。素晴らしい短篇集だと思う。
2012年02月19日
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読み終わった
(2012年02月19日)
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連作短編集。異国の地でゲリラの人質となった8人が緊迫した環境の中でそれぞれの忘れられない過去を語って行く。
様々な人生経験の中で人間が本当に心に残る事とは日常のとりとめない出来事に潜んでいるのかもしれない。
2012年02月13日
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読み終わった
(2012年02月13日)
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社会学とジェンダー論。参考文献を引用しわかりやすく解説してある。
ジェンダー構造/ジェンダー・ステレオタイプ/「学校知」とジェンダー/ジェンダー・イデオロギー/ジェンダー・アイデンティティ/マスメディア/フェミニズム/グローバリゼーション/ジェンダー・ギャップ
2012年02月12日
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読み終わった
(2012年02月12日)
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著者ジュンパ・ラヒリは両親がアメリカへ移民してきたインド系2世の女性。
この本は9篇の短篇小説からなり、物語の登場人物はインド人、アメリカ人、アメリカ白人女性、白人少年、インドからの移民1世と、すべてアメリカ、インドと関わっている。
二つの国を内側からでもなく外側からでもない、その周辺という位置から見ていた幼少時代のジュンパ・ラヒリの視点こそがこの物語すべての原点となっているのだと思う。
ストーリーはどれも繊細で細やかな描写であるがそれはドラマティックであったり、特に感銘を受ける事もない。が、じんわりと和むような安堵感がある。
「3度目で最後の大陸」は主人公が祖国インドを離れアメリカでコミュニケーションに悩みながらも自らのアイデンティティーを確立していく姿に胸が熱くなった。
2012年02月03日
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読み終わった
(2012年02月03日)
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著者・前田義子さんが感じる美しい気配。それは物や場所、そして日本古来から伝わる道具に宿るとされる。
作り手の志の高さは「品格」となって現れ、愛情を込めて使われる事により磨きがかかり歴史となりそして「美しい気配」を宿す。
掲載された物や道具すべて前田義子さんの私物でありまるで写真集のように綴られている。
本の装丁もとても美しい。大切にしたい一冊。
2012年01月31日
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(2012年01月31日)
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この小説ははしがきからあとがきまでが1つの物語りとして成り立つ斬新な構成。
読み始め、1人称と3人称を織りまぜて書かれているのに違和感を感じつつも、内容が衝撃すぎて最早その
違和感とやらは気にならなくなり
怖いものみたさ?で一気読みした感じ。
嫉妬と欲望に支配されたフジコ。
彼女の殺人の動機があまりにも短絡的で、え?そこで??と愕然としてしまう場面、残虐すぎて震撼する場面、なぜか共感せずにいられない場面等が散見するのも読み手を食傷させない作者の旨さなのかも。
主としてフジコの一生を描いているのだがフジコが囚われ苦しんだカルマとそこに絡む第三者との関係が
なんだかせつない。正直、後味の悪い小説ではあるが、読みだしたら嵌まる毒小説だと思う。
2012年01月20日
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(2012年01月21日)
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小説の設定は都内文教地区。
時代は1999年8月~2000年3月。
子育てという環境を共にするいわゆる「ママ友」5人が子供たちの小学校
受験を決めていく過程の中で「価値観」や「生活水準」「教育方針」の
違いから【平穏な関係】という歯車が狂い徐々にそれが「嫉妬心」「依存心」「猜疑心」へと変わっていく。
その様相は鬼気迫るものがあり、鋭い描写に引き込まれていく。
怖いくらいに。
母親というのは孤独であるがゆえに
自分と同じ境遇にある他者と関わり
を持ちそこに属する事で安心を得る。
しかし人格も価値観もすでに出来上がった大人は他者とのズレを見逃し
続ける事ができない。
ことに子供の事となれば尚の事。。
登場人物の一人である子供のお受験
に失敗し絶望さえ味わった千花の思いが印象的だった。
『成功しかかっていることを私は祝わなくてはいけないのだ。
私と違う人生を歩く近しい人なのだから。
世界は終わらず日々はまわるのだから。』
2012年01月08日
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読み終わった
(2012年01月19日)
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普段誰もが経験しているような
出来事を作者の繊細な感性と独特な
表現で纏められたエッセイ。
文章にテンポがありつらつらと
読める。
はな歌のような呟きのような独り言のような。イマジネーションが広がる一冊。
2012年01月11日
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読み終わった
(2012年01月17日)
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ミソジニーとは「女性嫌悪」と訳される。男にとっては「女性蔑視」女にとっては「自己嫌悪」。
女は無意識のうちに差別化され潜在的に男の都合のよい妄想による女の価値観を強要されてきた。
正直、読んでいて不愉快だったのは著者が語るように私が自身の中のミソジニーを認識しているからだと思う。
文壇では永井荷風や吉行淳之介から女性嫌悪思想の系譜に連なる作家の再生産、最近では渡辺淳一など例に書かれている。
また秋葉原無差別殺傷事件に隠れた「非モテ」のミソジニー、東電OL事件でのメディアの発情には読んでいて苦痛さえ感じた。
ミソジニーから完全に自由な女はいない。
でもミソジニーが深く埋め込まれた世界に私はそれと闘うべき事より折りあいをつけて行く事を選ぶと思う。
(林真理子を好んで読まない理由がわかった。しかもこれが一番腑に落ちた気がする。)
2012年01月08日
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読み終わった
(2012年01月12日)
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FOXEYのオーナーデザイナー前田義子さんの著書。
知性と品位を持って生きるとはなにか。ファッション・くらし・仕事・恋愛の4つをベースとした「ぶれない前田流哲学」が書かれている。
くらし・仕事・恋愛においては多少強引な印象もあるがファッションに関しての彼女の哲学(ビジョン・思想)は強く感銘を受ける。
知性と美意識は持ちたいものである。
2012年01月09日
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読み終わった
(2012年01月11日)
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美学に関していえば全く未知の世界であったが明確な論理をもって書かれてあり引き寄せられるように読了した。自分には芸術のよさや価値など判らないという固定観念が和らぎ芸術に対する興味が引き出される。美術館に足を運び例えば1枚の絵画を見て自由と精神の広がりを感じ自分自身を創造してみたいと思った。
2012年01月08日
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(2012年01月10日)
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海原先生の著書は大概どの著書においてもすんなりと心に入ってくる。海原先生は心療内科医であり、またハーバード大学研究室と連携を取りながら情報格差・社会ネットワーク格差・経済格差研究に着手されている。311で経験した私たちの不安の1つがエビデンスの不足であること、そして真の現実を直視する(できるほどに国民自体も成熟している)事、日本社会に不足していたこの二つを今まさにチェンジしていかなければ今後日本が変われるチャンスがないという不安は私も同感である。マイナスシンキング→ポジティブシンキング(トレーニング)の焦点に関して書かれている著書は私にはバイブル的な存在で海原先生の著書は今後も拝読したい。(こちらも積読することになると思う)
2012年01月08日
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読み終わった
(2012年01月03日)
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