ここ数年,私には新刊に飛びつきたい気持ちにさせる作家がほとんどいなくなってしまっている.そういう中で水村美苗さんは貴重な例外.それにしても,前作「本格小説」からどれだけ待ったことか.しかし待っただけのことはあった.
前作と違って波瀾万丈な人生を扱っているわけではなくて,親の死,夫婦関係,そして自分自身の老いといった,誰もが多少なりとも経験することがテーマである.自分の意志で一人で生きるという,若いときには当たり前のように考えてしまうことが,親,家族,肉体の衰えといった要因で,歳を重ねるとなかなか難しくなっていくことをこの本は実感させる.それだけに,かなり身につまされ,自分の生き方を考えさせられる.私が主人公の美津紀と同じ女性だったら,たぶんこの衝撃はもっと強かったろう.
ただ,そうした不幸の中に沈潜せず,自分や母親を客観視するだけの理性,知性が,この本を重さから救っている.また以前の「私小説」を思い出させる姉妹の会話(ほとんどが愚痴だが)にはシニカルなユーモアすら感じられる.
文中あらゆるところで,ぴったりの表現や比喩が現れ,引用する間がない.昨今の濫造されている本とは格が違う.それでいてこのボリュームだから,書くのに時間がかかるのもよくわかる.でも次作はもう少し早く読みたい.「日本語が亡びるとき」から救うのはこういう優れた小説なのだから,水村さんが小説を書く意義は大きい.
若者向けの本があふれている中で,この本が大ベストセラーになることはないだろうが,日々生活に追われながら,人生の下り坂を意識せざるをえない私のような世代に,小説を読むことの意義と楽しみを与えてくれる本当に貴重な本.
星一つ減らしたのはこれを何度も読むのはきついなという気持ちから.この本自体に罪はありません.
- 感想投稿日 : 2012年4月14日
- 読了日 : 2012年4月14日
- 本棚登録日 : 2012年3月25日
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