あの人は帰ってこなかった (岩波新書 青版 530)

制作 : 菊池敬一  大牟羅良 
  • 岩波書店 (1964年7月20日発売)
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 戦後二十年目に戦争未亡人を訪ねたインタビュー集である。

 本書で訪ねた戦争未亡人は岩手のとある集落であって、日本全体の傾向とはまた違うのかもしれないが、それでも貴重な記録である。
 彼女達の多くは終戦時点で二十歳そこそことまだ若かったのだが、この集落の未亡人のほとんどが再婚せず、独身を通した。それにはいくつかの理由がある。

 一つ目は夫の生死が不明だったこと。一応官報で死亡が伝えられるわけだが、送られてくるのは空の木箱であることも多く、本当に死んだのかはわからなかった。もちろん信じたくなかったということもあるが、実際死亡が伝えられていた人が後日ひょっこり復員してくる事例もあり、なかなか再婚に踏み切れなかったのである。
 二つ目は子供がいたこと。子のない未亡人は実家に帰されることもあったようだが、本書に登場する未亡人達にはみな子があった。親の子の以前に家の子という意識も強かった当時においては、離縁するということは子を置いていくということでもあった。愛する子であり、愛する夫の忘れ形見でもある子と離れるというのは、彼女達には耐えがたかったのだろう。
 三つ目は周囲の目である。「戦死者の妻は操を守るべき」という雰囲気があり、再婚したり、別の男と恋仲になったりすることはふしだらであるとされた。それでいて「夫がいなくては寂しかろう」などといった無遠慮な言葉をかけられたり、何か頼みごとをした際に誘われたり、酷いと押し入って乱暴したりということもあった。周囲が勝手に「操」なるものを押し付けた挙句、操を守りにくいような環境を作り、結果的に他の男と関係を持った未亡人をふしだらと侮蔑する、マッチポンプのような迫害があったのである。
 そして四つ目が公的扶助である。昭和27年から戦死者の家族には遺族年金が支払われるようになるのだが、未亡人の場合、再婚するとこの年金は打ち切られ、その後離婚しても復活しない。不運にも相性の合わない男と再婚してしまった場合、離婚しようにも生活が成り立たなくなってしまうのだ。これがあるために再婚をためらう者もいたという。

 こうした条件が重なって、仕事と育児に忙殺されているうちに、気が付けば二十年目を迎えていたというのが彼女達である。
 今となっては戦時中のことを覚えている人は少なくなってしまったが、昭和39年はまだそこかしこに戦後が漂っていた時代である。が、彼女達の子供のインタビューによれば、戦中戦後生まれにとっては直接の戦争の記憶があるでなし、父の面影も知らず、世間的にも戦死者の子供だからどうという見方もほとんどなかったという。
 二十年経ったからといって愛する夫を失った彼女達の心の苦しみがそう簡単に癒えるわけでもなく、また一人親であるが故の経済的その他の苦労も解消されるわけでもない。にもかかわらず世間の風当たりは強く、「いつまでもめそめそするな」とか、「貰うものを貰っておいてまだわがままを言うか」とかいう声も強かった。

 別の本によれば、戦後二十年といえば、まだ帝国軍人の上官クラスも多く存命で、彼らに都合のいい、戦場での誉を称えるようなものしか出版できなかった時代とされている。そのような環境の中で、本書のような民衆の、それも戦争未亡人という忘れ去られやすい存在に着目し、丹念に聞き取りをした記録というのは大変貴重なのではないかと思われる。

 聞き書きという形であり、方言をそのまま収録している点も、その語り口や、静かな感情というものをよく伝えているように思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ドキュメンタリー
感想投稿日 : 2017年12月13日
読了日 : 2017年12月13日
本棚登録日 : 2017年11月9日

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