2015年74冊目。
学生に看守・囚人役を演じさせる模擬監獄実験「スタンフォード監獄実験」。
当初2週間続行するつもりであったこの実験は、「役割」を超えて彼らが本物の看守・囚人になり、恐るべき虐待が始まったことで6日間で中止された。
本書はこの実験の発案者であった心理学者のフィリップ・ジンバルドー教授が実験内容を詳細にまとめあげ、イラクのアブグレイブ収容所で起きたアメリカ兵によるイラク人捕虜への虐待事件を中心とした人間悪との共通性を暴く。
本書の主張は、残虐な悪行に手をかけてしまうのは、「気質的に問題のある一部の個体」ではなく、「どこにでもいる普通の人間」であるということ。
カギは「個人の気質」にではなく、彼らをそのような行為に傾けさせる背景にある「状況」、そしてそれらの状況を生み出している「システム」にこそあると著者は主張している。
「一部の腐ったリンゴ」が問題なのではなく、「腐った樽」が問題なのであり、「腐った樽の製造工場」が問題なのであると。
そのことは、スタンフォード監獄実験やアブグレイブ刑務所の事例のみに留まらない。
本書で紹介される人間悪を観察した数々の実験によって、条件の設定によって「プチナチス」はどこにでも生まれうることが分かる。
ハンナ・アーレントは『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』で、「ユダヤ人問題の最終的解決(ホロコースト)」において主導的な役割を演じたアドルフ・アイヒマンが「いかに凡庸な人間だったか」を説いている。
人は「自分にできること」を見つめると同時に、「自分が陥りうること」にも謙虚に向き合わなければならないと強く感じる。
「自分だけはそんな風になるはずはない」と思う人ほど、それがいかに脆く崩れ得るかをこの本を通じて自覚する必要があるだろう。
逆に、「凡人も英雄になり得る」という希望も最終章で提示される。
しかし、これに関する研究はまだ進んでいるとは言い難いし、挙がる事例はどうしても「特別な人間による行為」と思われがちなものが多い。
本書が提示した「悪の陳腐さ」から目を背けないことと同時に、「善良の陳腐さについての報告」を重ねていくことが今後の大きな課題であり希望であるはずだ。
- 感想投稿日 : 2015年8月20日
- 読了日 : 2015年8月20日
- 本棚登録日 : 2015年7月30日
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