騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

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  • 新潮社 (2017年2月24日発売)
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印象的な箇所から引用

「ねえ、最初にデートしたとき、わたしの顔をスケッチしてくれたことを覚えている?」
「覚えているよ」
「ときどきあのスケッチを引っ張り出して見ているの。素晴らしくよく描けている。ほんとの自分を見ているような気がする」
「ほんとの自分?」
「そう」
「だって毎朝、鏡で自分の顔を見ているだろう?」
「それとは違う」とユズは言った。「鏡で見る自分は、ただの物理的な反射に過ぎないから」
 私は電話を切ってから洗面所に行って、鏡を眺めてみた。そこには私の顔が映っていた。自分の顔を正面からまともに見るのは久しぶりのことだった。鏡に見える自分はただの物理的な反射に過ぎないと彼女は言った。でもそこに映っている私の顔は、どこかで二つに枝分かれしてしまった自分の、仮想的な片割れに過ぎないように見えた。そこにいるのは、私が選択しなかった方の自分だった。それは物理的な反射ですらなかった。
(pp.55-56)

「抽象的思考、形而上的論考なんてものができなくても、人類は二本足で立って棍棒を効果的に使うだけで、この地球上での生存レースにじゅうぶん勝利を収められたはずです。日常的にはなくても差し支えない能力ですから。そしてそのオーバー・クオリティーの大脳皮質を獲得する代償として、我々は他の様々な身体能力を放棄することを余儀なくされました」(p.388)

「我々はある意味では似たもの同士なのかもしれないーーそう思った。私たちは自分たちが手にしているものではなく、またこれから手にしようとしているものでもなく、むしろ失ってきたもの、今は手にしていないものによって前に動かされているのだ」(p.434)

「人物を描くというのはつまり、相手を理解し解釈することなんだ。言葉ではなく線やかたちや色で」
「わたしもわたしのことを理解できればと思う」とまりえは言った。
「ぼくもそう思う」と私は同意した。「ぼくもぼくのことが理解できればと思う。でもそれは簡単なことじゃない。だから絵に描くんだ」
(p.482)

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学
感想投稿日 : 2017年7月3日
本棚登録日 : 2017年7月3日

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