レビュー by 春昼さん
2010年度興行収入邦画第1位作品。
作品には、小人のアリエッティーの家族と、人間の翔の家族が出てくる。屋敷の床下に暮らす小人のアリエッティー一家は、父母と娘のアリエッティーの3人家族。父親の権威がしっかりしており、古きよき近代家族。不治の病の手術前療養のため、母の実家に引っ越してきた人間の少年・翔の両親は離婚している。父親は別居中、母親は外交官で海外赴任の仕事が多い。翔の家族は、家族間交流が薄い現代的母子家庭。手術は近いが、別居中の父親も海外赴任中の母親も、翔のもとにやってこない。翔の祖母の妹、大伯母さんは、翔の家族のあり方をよく思っていない。
近代アニメは、アニメ表現の前進を志向してきた。近代化の最前線を行くディズニーは3DフルCGでアニメを制作するが、ジブリはアンチ近代。CGは使わずアナログ職人技で、1952年に発表されたファンタジー小説を原作にした前近代回顧的作品を作る。
翔はアリエッティーに、小人はもうすぐ絶滅するだろうと言う。人間は地球に60億人以上生息していることがわかっているが、小人は人間に知られていないほど少数。かつて多くの種族は絶滅してきた、小人も絶滅するはずだと言う。近代化の推進によって、人間は自然を支配し、世界中で繁殖してきた。一方、環境変化に適応できない種族は、人間の繁栄も影響して、絶滅してきた。『借り暮らしのアリエッティー』は近代が駆逐した小人の物語である。
アリエッティーの母親は、住み込みの家政婦ハルに捕らえられる。家族想いのアリエッティーの父親は怪我をしており、母親の探索に行けない。母親からも父親からも見放されている翔と、アリエッティーが協力して、アリエッティーの母親を救出する。
近代化は、父、母、子という核家族の三角関係を基礎としていた。近代小説も、核家族の物語を描いてきた。現代において、近代化は否定的に捉えられている。現代小説は、核家族とは別様の家族の可能性を描いている。
近代化に変わり、最近「正義」となっているのは、グローバル化、市場化、自由化、民主化である。否定されているのは、地域ブロック経済、非市場経済、独裁政権、不自由で不透明な社会組織である。グローバル化、民主化、情報の透明化を歓迎する向きも多いが、近代化に反対する陣営がいたように、反グローバル主義を唱える人、マーケット至上主義に反対する人も多い(自由化と民主化に反対する人は独裁制支持者とみなされるが)。
これからの新しい小説は、グローバル化、市場化、自由化、民主化に翻弄される個人の様態、グローバル化の正負の側面を描き出すだろうと、アリエッティーを見ながら思った。母親が外交官で海外赴任多く、病弱な息子にかまってあげられないというのも、グローバル化が生み出した現実の一つである。生に喜びを見出せずにいた息子は、グローバル化以前の失われた家族、アリエッティーらと接して、「生きたい」と思うようになる、アリエッティーたちは人間にとって幻想かもしれないが。
レビュー登録日 : 2012年02月05日
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