蒼天涯書海»
覚書程度に。趣味に走った選択をするのはしょうがないと、、、。
レビュー by 阿萩莉さん
予想以上におもしろかった!
おもしろいと言っては崇徳天皇に呪われそうですが、「おもしろい」がいちばん適切な言葉かと。
「興味深い」でも「趣よろし」でもいいかもしれませんが。
崇徳天皇御陵の近所に住まう者として、昔から興味はあったのですが、どうして怨霊になったのかという詳しい経緯は知りませんでした。日本史の授業でちょろっと習った程度のことしか知りませんでした。
御陵が近くにあると言うことで、日本史の先生が少しだけエピソードを話してくれたくらいで。(鴨川の名前の由来とか、崩御後保存のために漬かしておいた水とか)
日本最初の皇族としての怨霊は長屋王なんでしょうか。
天皇として最初に怨霊となったのは崇徳天皇のようですが、それ以前にも井上(いがみ)内親王とか、早良親王とか、伊予親王とかいたようです。
早良親王は知っていましたが、長屋王とか井上内親王、伊予親王は知りませんでした。皇統って怨霊の歴史なんですね……。
憤死した世界の歴史の人物が挙げられているのですが、その中に陸遜(三国志:呉の軍師)がいたことに驚きました。そんな最期を遂げていたとは思いませんでした。
崇徳天皇の百年祭の前後数年は動乱の時代になるらしいです。
戦国時代・幕末がまさにそうだったのだとか。
第121代孝明天皇は自身の命を賭して崇徳天皇の怨念を鎮められたのだといっています。言われてみれば納得の解釈ですが、どうなんでしょうね。毒殺説が未だに払拭されていない孝明天皇の突然死ですが、この説も有りかもしれない。と思わせるに十分かと。実際、孝明天皇は六百年ぶりに崇徳天皇を京都へ奉還しようとしていましたし。(その途中で身罷られたのですが)
孝明天皇の命をもって魂鎮めが為されたことによって(+都へ還られた)、崇徳天皇も溜飲を下げたのか、七百年式念祭は近くの小学校が全焼しただけの被害ですんだらしい。だからと言って、八百年式念祭も何事もなくとは保障できないと思いますが。
怨霊となった天皇は崇徳天皇のほか、後鳥羽天皇(上皇・院の方が適切?)、後醍醐天皇がおられるようです。後醍醐天皇は怨霊の本領を発揮する前に徹底的に鎮魂されたようですが。
怨霊を生むのは人間であると筆者は言っています。それには賛同します。人間は理解しがたい出来事をなにかの理由をつけて納得したいのだと思います。その理由付けに失意の内に死した人の念と言うのは都合がいいのでしょう。
いろいろ考えさせられることもあり、納得させられるとこともある良い本でした。(自分にとっては)
図書館で借りた本ですが、自分で買ってもいいかもとも思っています。
……それにしても、讃岐って、二大怨霊の神様縁の地があるなんて凄いですね。
こんな文章書いちゃって、かなり怖いので、近いうちに天満宮と御陵にお参りに行くとします。(筆者は執筆中にパソコン4台が同時にイカレるは、プリンターも壊れるとという被害に遭われているようです)
崇徳天皇も道真公も好きですよ。
レビュー登録日 : 2010年08月22日
引用
- 登録されていません。






コメント
まだコメントはありません。