生きている兵隊 (中公文庫 い 13-4)

著者 :
  • 中央公論新社 (1999年7月18日発売)
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感想 : 39
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○発禁処分になった芥川賞作家の作品。生々しい日中戦争での兵士の姿。
解説の兵藤一利さんによれば、昭和十三年の中央公論掲載の前、昭和十二年に日中戦争がはじまった後言論統制が敷かれたとき、戦意を高めるためのルポを各誌競って掲載するようになった。この二年前に芥川賞をとっていた新進気鋭の石川達三もこの流れに乗って同行取材をし書きあげたのだという。
しかし、事前に検閲に出したものの、即日発売禁止処分となり、陽の目を見たのは戦後。いくら伏字があったとしても、石川の書く文章の生々しさは、当時国民の戦意喪失を恐れた当局が見逃さないわけがなかった。

物語は、天津近くの大沽(タークー)に高島本部隊が上陸し、天津から上海包囲のため大連へついたところからはじまる。
火事を起こした中国の青年を殺したり、牛を譲れといって断られたおばあさんを殺し、若い娘は強姦目的で探しに行って結果殺したり、など、移動の合間でもピリッとした部分よりも緩めの部分も描かれている。

どのような点が生々しかったか。
もちろん、戦争ルポであるからそれ相応の生々しさは求められると思う。
けれど、戦士もただの一般人だったわけなので、教員をやっていた人もいれば医者をやっていた人も、僧侶をやっていた人もいる。そんな彼らが目の前の殺戮を見てなんとも思わず、むしろ殺さざるにはいられない心情を作り出したことを描いたのは特筆に値すると思う。現場に行かなければわからないし経験者そのそばにいる人にしかわからない心情だったと思う。
また、(この本は伏字を復元したバージョンなのだが、)兵士が緩み切っている部分や、大連などの重要な地名、女性を殺すなど誤解を与えたり同情を誘うような表現は、自分たちの予想しない部分まで伏字にしてあるのが生々しい点でもある。描写が生々しいということもあろうが、いまそれほど問題にならないような表現でも、当時戦時にあってはその表現が国益にはならないと判断された証拠である。
岩波新書「戦争と検閲 ~石川達三を読み直す~」の書評でも書いたが、伏字が多く精一杯当時の様子を伝えなかった石川としては、知っていたことだとしてもつらかったのではないか、と改めて感じる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説(その他)
感想投稿日 : 2016年8月13日
読了日 : 2016年8月13日
本棚登録日 : 2016年8月13日

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