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  <title>zhangtan文庫</title> 
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  <description>世界史屋の読書感想記です</description> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4634030454"> 
  <title>関関同立入試対策用世界史問題集</title> 
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<![CDATA[
<p>本書は関西大学・関西学院大学・同志社大学・立命館大学の過去数年の問題から、地域時代別・テーマ別にピックアップしたものです。試験作成者はいわゆる「良問」を作ろうと教科書にはない面白い視点から出題したりしますので、解いていて新たな発見があって受験生でなくても楽しめます。また関関同立（とくに立命館）はときどき重箱の隅をつつくような問題も出してきますので、世界史を極めんとするこちらも俄然力が入ります。本書に話を戻しますと、問題集の良し悪しは「解説にどれだけ力を入れているか」が一つの決め手だと思いますが、本書は関関同立を受ける受験生を対象とするならば「良い参考書」ではないでしょうか。例えば楔形文字の解説について、通常の解説書ならば「ローリンソンがベヒストゥーン碑文を使用して解読した」と基本的事項のみを押さえた解説をしますが、本書は解読のきっかけを作ったグローテフェントも押さえています。また世界史上のポーランド人もまとめてくれています（カジミェシュ大王、コペルニクス、コシューシコ、ショパン、マリ＝キュリー、ゴムウカ、ワレサ）。他にも詳しく問題・解答を解説してくれていますので、今年の受験生はもう遅いとして、来年関関同立を第1志望と考えている生徒は買ってもいいのかなと思います。ただし、やはりまずは十分基礎力を身につけること、その視点から言えば本書は細かすぎるのでお勧めはできません。
※私のブログ（http://blog.goo.ne.jp/gankai2664/）で今年1月に都合8回に分けて書き込んだ「世界史難問対策」で取り上げていたベトナム史やインドネシア史などはしっかりと出題されていました。もうすぐ関関同立の入試が始まりますが、意外と的中が結構あるような気がしますが、自意識過剰でしょうか？</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-31T22:11:12+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>世界史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4634474654"> 
  <title>共生のイスラーム―ロシアの正教徒とムスリム (イスラームを知る)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4634474654</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/515EleNK8aL._SL160_.jpg" /><p>本著の対象となる地域は沿ヴォルガ・ウラル地方（カスピ海北方から黒海北方にかけてのキプチャク平原周囲）です。専門外の私には内容がちょっと深すぎて把握できなかったところが多かったので、本文のまとめからこの本の概要を抜き出します。

「ここまで、沿ヴォルガ・ウラル地方の住民によるイスラーム受容から、ジョチ・ウルスのイスラーム化とロシア諸公に対する支配、さらにはロシアによるこの地方の包摂とその後のムスリム臣民の動向を、駆け足でみてきた。･･･本書の冒頭に掲げた、正教徒支配のもとでのムスリムの正教化とイスラームの保持について
(1)この地のムスリム支配層のかなりの部分が、ロシア師府の硬軟織りまぜた正教化政策のなかで正教徒となる一方で、支配層以外のムスリムの正教化はほとんど進まなかった、
(2)このようなムスリム臣民の反応を受けて、ロシア政府はイスラームをロシア帝国の宗教として公的に認め、いったんはムスリムとの全面的な協力関係を築いた、
(3)その結果、ムスリムはキリスト教徒の支配という条件を受け入れて、イスラームの教養を柔軟に解釈しながら、ムスリムとしてのアイデンティティを維持するとともに、ロシア帝国の臣民としての意識も涵養していった、
というおおまかな流れを理解していただけたと思う。」
とのことでした。しかし、1917年のロシア革命後、正教徒とムスリムはともに“無神論”を掲げるソヴィエト政権のもとで抑圧されながらの生活を余儀なくされます。そしてソ連解体後の現在、「多民族・多宗教国家を標榜しつつも、正教会が政治に相当の影響力を有するロシア連邦において、両者の真の共生があらためて問われている。」と結んでいます。
例えばユーゴスラヴィア紛争では同じキリスト教徒同士でも宗派が違うというだけで憎悪の対象となります。ましてやパレスチナ問題などから考えると、多宗教同士の共生というのは難しいことこの上ありません。日本のように最初から宗教に無関心（無宗教といっているわけではありません）な土台に生まれた私たちにはなかなか理解しづらいところがありますが、「神はいない」といっただけで信頼してもらえない地域の人々にとっては永遠の問題です。表面上うまくいっているように見えても、9・11のような事件があったらすぐに内面にたまっていたマグマが噴出します。フランスのように教育の場から徹底的に宗教的なものを排除するという姿勢も、どこからにからならず齟齬が出るようでなりません。まず「真の共生」とはどのような状態なのか、共通の理解が必要となるでしょう。
最後に、本書で「ジャディード運動」というのが紹介されていましたが、私自身この運動は最近知りました。「（ロシアの支配下に入った中央アジアのムスリムたちの教育改革を中心とする運動について）新しい方式の学校の開設から、新聞・雑誌などを利用した政治運動」（東京書籍『世界史B』より）ということらしいですが、この運動について本書はガスプリンスキーというタタール人改革者の活動から詳しく紹介されています。最近山川出版社版とは違う教科書を精読し、目から鱗が落ちる衝撃を受けたのですが（この経緯や内容については近日２回くらいに分けて私のブログ（http://blog.goo.ne.jp/gankai2664/）で書きたいと思っています）、まだまだ知識が足りない、足りないから本を読んでもなかなか理解しきれない、知らないというのは損だな、と本書を読んで思いました。最後に駄文しつれいしました。</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-09T22:08:31+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>世界史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4140814861"> 
  <title>ＮＨＫ　さかのぼり日本史（２）―昭和　とめられなかった戦争</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4140814861</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/416Jj4VFq3L._SL160_.jpg" /><p>NHK教育の「さかのぼり日本史」シリーズの第2弾です。著者は『それでも日本人は「戦争」を選んだ』や岩波新書のシリーズ日本近現代史5『満州事変から日中戦争へ』、講談社のシリーズ天皇の歴史8『昭和天皇と戦争の世紀』など多数の著作のある東大の加藤陽子先生です。さて、本巻が取り扱う時代は昭和のはじめから敗戦まで、西暦でいえば1926～1945年となります。
内容は「指導者たちは、どうして戦争を拡大・長期化させてしまったのか？」（帯より）を4つのターニングポイント、つまり
①マリアナ沖海戦・サイパン陥落（1944年）
②日米開戦（1941年）
③日中戦争（1937年）
④熱河侵攻（1933年）
から説明しています。最初のターニングポイント、サイパン陥落の意味はアメリカ軍爆撃機B29が日本へ往復できる距離まで近づいたということ、つまり「本土空襲」が日程に上ったことです。ちなみに太平洋戦争での兵士の戦死率について、岩手県のデータをもとに推測したところ、1944･45年の2年間で9割ちかくになるそうです。
次に②は国力10倍のアメリカに挑んだというターニングポイントとして歴史に刻まれるのは当然です。
では③は、この日中戦争が長期化することによってずるずると日米開戦まで引きずり込まれたという点で重要です。ちなみに、この戦争は両国ともに「宣戦布告」をしていないので、当時は戦争とは呼ばれませんでした（ここまでは高校日本史の範囲）。ではなぜ両国ともに宣戦布告しなかったかというと、その原因の一つはアメリカでした。アメリカは1935年に「中立法」という法律を制定しており、宣戦布告した、つまり国際法上戦争状態となった国には、自国民がそれに巻き込まれないため「兵器・軍用機材の輸出禁止」「一般の物資・原材料の輸出制限」「金融上の取引制限」などの措置が執られるため、両国とも宣戦布告をしないことがメリットとなるという共通理解があったそうです。ちなみに日中戦争が長引いた原因はいくつかありますが、その一つとして1938年のドイツによる満州国承認まで、ドイツが中心となって中国への軍事物資の売却・顧問団の派遣があったそうです。第一次世界大戦後の戦後賠償に苦しむドイツにとって中国は大事な顧客でした。
最後の④熱河侵攻ですが、これは満州事変後国際連盟が解決努力をしている最中にそれを無視して新たに軍事行動を行った場合には、国際連盟規約の16条で新たに「戦争に訴えたる同盟国は、当然、他のすべての同盟国に対し、戦争行為をなしたものとみなす」とされていたからです。熱河侵攻を天皇が裁可したあと、この問題に築いた当時の斎藤実首相が血相を変えて天皇に裁可取り消しを求めました。そして天皇は裁可取り消しを認めて支持をしました。しかし宮中や元老の西園寺公望は「承認取り消し」を引き留めました。天皇が一度出した命令を取り消すことは天皇の権威を落とすだけでなく、この命令を取り消したら陸軍が公然と天皇に反抗することになりかねなかった、からでした。もう、天皇ですら自らの意志で暴発した軍隊を止めることはできなくなっていたのです。
本書にもありましたが、戦争は始めるよりも終わらせるのが難しい、それはよく言われることですが、希望的・楽観的なチャート図しか描けていなかった太平洋戦争への道のりを、さまざまな視点から述べられています。</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-08T23:18:19+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>日本史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4140814853"> 
  <title>ＮＨＫ　さかのぼり日本史（１）―戦後　経済大国の“漂流”</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4140814853</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Oczn1G-mL._SL160_.jpg" /><p>NHKで放送されている『さかのぼり日本史』の書籍化第1巻になります。『さかのぼり日本史』とは、歴史を「現代から過去へ」みていくスタイルで語られる、つまり「私たちが生きる“いま”を出発点に、「なぜこうなったのか」と問いかけながら時代を一つずつ遡っていく。時代と時代の因果関係を浮き彫りにし、歴史の大きな流れを明らかにする、これまでに類をみない“新しい日本通史”」（単行本帯より）だそうです。ただ、このように「現代から過去へ」遡って歴史をみていくと理解しやすいという議論は、かつて東大受験を漫画化し、ドラマにもなった三田紀房『ドラゴン桜』の世界史勉強法でも紹介されていました。
本書の内容ですが、戦後の日本を日米関係を軸に4つのターニングポイントを設定して解説しています。つまり
1989年　冷戦終結
1982年　中曽根康弘内閣成立
1955年　自民党が誕生し、55年体制確立
1951年　サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約締結
となります。

まず冷戦終結で、新たな日米関係を模索することとなった日本ですが、湾岸戦争で日本は130億ドルの援助金を出しますが感謝されるどころか非難まで出る始末でした。本書を引用しますと「敗戦後の日本にとって、戦争とは侵略戦争か自衛戦争の二つしかなく、･･･世界の安全を守るための戦争、あるいは国際平和協力、国際貢献のための実力行使という想定自体は、未知のもの」（20頁）で、経済大国となった日本がこのような戦後間もない頃の認識で済むわけがない、と諸外国から見られていたということです（当時は10代前半でしたが、この議論はよく覚えています）。これを反省をふまえて1992年にはカンボジアへPKO部隊の一員として日本は自衛隊を派遣します。また、冷戦後の90年代はアメリカが80年代の「双子の赤字（貿易赤字と財政赤字）」を解消した一方で、日本はバブルが崩壊し平成不況となります。これら湾岸戦争対応での“敗北”と経済的な“敗北”後の日本を著者は「漂流」と表現し、その原因を「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代、つまり80年代に求めます。そして次の章は中曽根内閣の成立、つまり「ロン・ヤス」と形容される日米の蜜月があり、その一方でアメリカが最大の債務国となり、日本が最大の債権国となる、経済の絶頂期を迎えました。冷戦下での日米の蜜月関係やバブル経済など（見た目の）成功で、冷戦崩壊やバブル崩壊への「柔軟に新時代に対処」するための切り替えができなかったということです。
このように、しだいに時代をさかのぼりながら日本史を語っています。確かに分かりやすいスタイルですが、個人的に思うことはこの“さかのぼって歴史をみていく”スタイルは、一度通史を勉強した人間でないと分からないのではないか、と感じます。例えば日本史Aは近代から開始されますが、それ以前を中学校でやっているからまだいいとして、世界史Aを近現代からしたら（実際去年もう一人の先生と話し合ってやってみましたところ）生徒はなかなか内容をつかめません。いきなり産業革命やらフランス革命といわれても、やはりその前段階をある程度知っておかないと分からない、と感じました。もちろん教え方にも問題があったのでしょうが、このスタイルは社会人の教養を目的とするならば非常に有効な方法だと思いますが、同じ方法で授業を展開しろと言われれば、今の私の授業力では無理ですね。情けないことですが･･･。</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-07T21:51:31+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>日本史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/463464052X"> 
  <title>歴史から今を知る―大学生のための世界史講義</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/463464052X</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/511XHQx--qL._SL160_.jpg" /><p>本書は横浜市立大学の先生方が共同で展開されてある全学共通科目「歴史から今を知る」を読み物としてまとめられたものです。内容のテーマは「グローバリゼーション」、まず序章でグローバリゼーションを5段階に分け、そしてそれぞれに2，3章をあてています。「グローバリゼーションの5段階」とは、最初に前段階としての「グローバリゼーション以前（～16世紀）」、そして第1段階「資本主義的世界体制の形成の時代（1492～1770）」、第2段階「パクス・ブリタニカの時代（1770～1873）」、第3段階「帝国主義の時代（1873～1945）」、第4段階「冷戦の時代（1945～1989）」、第5段階「現在のグローバリゼーション」とされています。内容について個々の章の説明は控えさせてもらいますが、「グローバリゼーション」つまり“世界はつながっている”というのはもはや自明のことですが、ではどうつながっているのかについては、まるで蜘蛛の巣のようにさまざまな観点から歴史を見ることができます。この本を読ませていただき、（自分の勉強不足ももちろんありますが）今まで未知の視点から近現代史を見ることができました。以下私が新たに気づかせていただいた視点です。

24頁
「（『ヨーロッパ覇権以前』を書いた）アブー＝ルゴドによれば、この「13世紀世界システム」の個々の参加者たちは、そこから自らの利益を引き出し、なおかつ他者に損害を与えることはなかった。またいかなる勢力もこの「世界」において覇権を握ることはなかった。結果的にそこには、共存共栄型の平和的な「世界」が成立していた、という。」
※もちろんこの論をそのまま無批判に（ましてや実際にルゴドの本を読まないで）受け入れることはできませんし、著者もパクス＝モンゴリカと言われる13世紀世界についても触れています。

28頁
「（「13世紀世界システム」を結んでいた商品は）総じて高価な奢侈品であり、一部の富裕層・特権層のみが購買しうるものであった。･･･つまり13世紀に「世界」を現出した経済的ネットワークとは、あくまでも一部の人びとが享受しうる商品の流通網であり、身分や世襲職業などの社会的不平等を前提として成り立ったものである。この点を看過すべきではない。」

72頁
「（日米修好通商条約における）領事裁判制度は異文化間の接触にともなう摩擦を回避する機能もあったし、また当初は日本人の海外渡航は想定されていなかった。協定関税もこの条約では必ずしも低い税率ではなく、のちの改税約書で大幅に引き下げられることになった。むしろ、のちに海外渡航や通商政策が現実になっていくなかで、不平等な内容が問題化していったともいえる。」
※領事裁判制度が必ずしもマイナスな面だけではなかった、という話は最近よく聞きますね。

77頁
「（1871年の日清修好条規について）領事裁判権と協定関税をお互いに認めあう双務的な平等条約であったこの条約は、日中両国にとってはじめての平等な近代的条約であり、しかも近隣諸国としては中国とはじめて対等な関係を結ぶことになるという画期的なものでもあった。この条約の締結は、日本が中国との国交を結ぶにあたり、従来型の冊封体制のなかにではなく、欧米諸国との関係と同じ枠組みのなかに入ることを意味していたのである。」
※前半部分は授業で必ず説明する内容ですが、後半部分は恥ずかしながら私にはない視点でした。

106頁
「（フランスのブルム人民戦線内閣の成立の背景について）フランスでは（世界）恐慌による不満が蓄積するなか、(19)33年末から34年にかけて疑獄事件（スタヴィスキ事件）が発覚し、アクション・フランセーズやクロワ・ド・フなどの反議会主義右翼の政府攻撃が激化した。34年2月、暴動事件が発生し、内閣総辞職となった。こうした右翼勢力の過激化は左翼に反ファシズムの結集を促し、6月には共産党が社会主義者や民主主義者との提携戦術に転換した。35年7月には左翼政党と労働組合と市民団体からなる人民戦線が誕生した。人民戦線は恐慌対策を綱領に掲げ、36年春の選挙で圧勝し、人民戦線政府（ブルム内閣）を誕生させた。外交政策でも、ドイツの右傾化の情勢に対処するためソ連と接近した。」

108～109頁
「（ナチ党による国外ドイツ人居住区の併合政策について）急速な景気回復と完全雇用状態は瞬く間に軍需関連の熟練工不足、石油・ゴムなど重要物資の不足をもたらした。これに対し、ヒトラーは36年9月の党大会で四カ年計画を打ち出し、4年以内に軍に戦争準備を完了させ、経済にはそのための戦時重要物資の自給生産体制を構築させようとした。しかし、短期間に軍事力を増強する軍事偏重の政策は国家財政の危機を生み出し、人的・物的資源の拡大の必要に迫られて、38年3月にはオーストリア「編入」、10月にはチェコスロヴァキアのズデーテン地方の「併合」と、「平和的な領土拡大」へと突き進んだ。」
※当たり前のことかもしれませんが、ヒトラーの領土拡大政策には（彼の領土的野心だけではなく）政治的な意味もあったことを知りました。山川出版社の『詳説世界史Ｂ』には書いてませんから･･･。

138頁
「（アメリカで公民権がなぜ1960年代に認められるようになったのかについて）冷戦期に、国家が強大な敵に対峙する体制が強化され、敵への憎しみをあおるイデオロギーが動員された。その結果、支配体制に対する批判は、「非国民的」とみなされ、抑圧されることがしばしばあった。しかし、同時に敵と対峙する国家は、あらゆる国民の協力を必要とし、この時代には、差別されてきた女性や被差別集団の権利を保護し、彼らを国家に統合する傾向もみられた。それは、アメリカの黒人公民権運動のような被差別集団自身の運動なしには実現しなかったが、とくに1960年代後半以後、女性や少数派集団に対する政府の保護政策が試みられるようになった。」

145頁
「（なぜ第三世界の国には軍部独裁や政治腐敗が多いのかについて）第三世界の国々の多くは、全国的規模での統一した統治の経験が乏しく、経済的にも貧しく、概して政治的にも不安定だった。多くの国々では国家的な規模で行動する集団は軍部が中心であり、大国のこれらの国に対する働きかけは、軍事援助が中心だったから、軍部が政治を支配することが多かった。これらの国では経済開発の過程で軍部と結びついた官僚の権力が肥大化し、特定集団が私腹を肥やす政治腐敗が起きやすかった。」

149頁
「（ベトナム戦争で、米軍撤退後なぜ南ベトナムがあっさり北ベトナムに敗北したかについて）73年10月に起こった石油ショックによって引き起こされた世界的な経済不況によって、アメリカの経済援助で支えられていた南ベトナム経済は破綻し、南ベトナム政府軍は雪崩を打って敗走した。」

もちろん、歴史事象の原因は一つではないので、繰り返しになりますが以上の私の新知見は一つの見方として新たに知ったことを挙げただけです。長くなりましたが、最後に授業に使えそうなネタを3つほど。

「泉州がザイトンとヨーロッパに紹介された理由は、街並みを飾る刺桐樹（ザイトゥン）を愛でた外国商人達がもっぱらこの都市をこう呼んだから」
「1904年の第2インターナショナルの大会で、英語で演説した日本人社会主義者片山潜の言葉をフランス語に通訳したのが第1次世界大戦末期ドイツでスパルタクス団を牽引したローザ・ルクセンブルク」
「ソ連で1934年の第17回党大会で選出された共産党中央委員会委員と候補、および代議員の約7割が（スターリンが死去する）53年までに処刑された」</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-06T21:57:07+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>世界史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4872946839"> 
  <title>日本史へのいざない 2―考えながら学ぼう</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4872946839</link> 
  <description>
<![CDATA[
<p>以前紹介した『日本史へのいざない』の続編です。今回は元始から近現代の中から19のテーマ（プラス通史１）で日本史を語っています。さまざまな史料をもとに、普段意識することなかった視点から日本史をひもとていてくださいますので、大変いい刺激となりますし、読む者に生徒になった感覚をわかせてくれます。
とくに今回面白かったのが菅原道真の遣唐使廃止に関わる話で、普通日本史教科書には「遣唐使は約20年に1回派遣された」と書いてありますので、794年の平安時代開始からもおおよそそのような間隔で派遣されていたと思いきや、実は廃止されるまで平安時代は2回しか派遣されていなかったこと、しかも894年に派遣するかどうかが取りざたされたとき、その前の派遣は約60年前だったとのことです。そしてこの894年の議論は中国からの要請で、もしこの要請がなかったら道真が建議するまでもなく自然に遣唐使は廃止されていたのでは、と著者は述べています。可能性の話としても興味が引かれます。
他にも成立過程に見る平仮名の“り”とカタカナの“リ”の違い、江戸時代の村方三役（名主、組頭、百姓代）の成立などは目からウロコが落ちました。とくに村方三役は、教科書にはセットで出ていますが百姓代が一般化したのは村方騒動が頻発した18世紀以降で、「つまり、村方三役をセットで覚えてしまうと、百姓代の成立自体が、長い江戸時代における村落の大きな変化を象徴している、という点を理解しにくくさせてしまう」とのことでした。
ただ、今回も参考文献の多くがやや古いものばかり（もちろんここ2，3年の本も参考にされていますが）でしたので、最新の研究成果をどこまで反映しているかは疑問が残りました。</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-05T23:10:55+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>日本史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4634640546"> 
  <title>アニメで読む世界史</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4634640546</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41FUh65oaDL._SL160_.jpg" /><p>かつてアニメ名作劇場などで放映された「レ・ミゼラブル　少女コゼット」「フランダースの犬」「家なき子」「ペリーヌ物語」「アルプスの少女ハイジ」「小公女セーラ」「母をたずねて三千里」「家族ロビンソン漂流記―ふしぎな島のフローネ」「トム・ソーヤの冒険」「トラップ一家物語」について、その舞台の歴史的背景や実際同じ立場にいた当時の人たちの様子などが描かれています。私も実際授業をしていて、「フランダースの犬」などはよく話題にします（ルーベンスを説明するためネロとパトラッシュの最後のシーンを話したら、思わず授業中に涙を流してしまったこともあります）。それにしても、はやり研究者はすごいと思います。私達が単純に見ていたアニメから、これほど深く歴史を探る、このアニメの舞台がどの時期のものであり、そのときの交通事情は、政治情勢は、経済は･･･。ハイジのおんじが元傭兵で、イタリアの統一戦争に参加していたかも、何てほんと興味がわき出ます。
ついでですが、5，6年前の生徒と最近の生徒の違いについて思うことは、「天空の城ラピュタ」を話題にしたときの反応ですね。当ブログをご覧の人には自明でしょうが、「天空の城ラピュタ」は世界史ネタが満載です。スウィフト『ガリバー旅行記』をはじめ、シータはインドの大叙事詩『ラーマーヤナ』のヒロインの名前ですし（これが元かは知りません）、ドーラ一家の三兄弟シャルル、ルイ、アンリはみなフランス王の名としてでてきます。他にもラピュタの雷の説明に出てくるインドラとは先述の『ラーマーヤナ』に出てきますし、空中戦艦の名であるゴリアテも『旧約聖書』に登場します。
こういった話を要所でしていくのですが、昔の生徒はよく反応してくれましたが、最近の生徒はほとんど無反応です。聞いたらほとんどの生徒が見ていない、もしくは見たとしても1回でまったく覚えていないと、話していて悲しくなります。私の世界史の授業を受けるなら、ラピュタは必見と言い続けているんですけどね･･･。
最後の今後の授業に役立つ備忘録を。
『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンの言葉「国家第一の官吏とは、すなわち乳母と教師の2つです」

『フランス民法典』にある言葉「女性は永遠に未成年である」

「フランデレン」はオランダ語、「フランダース」は英語、「フランドル」はフランス語

温泉を表す「スパ」という言葉は、ベルギーにある保養地の名からきている

「アルプスの少女ハイジ」のオープニングの歌詞に出てくる「アルルム」とはアルプスの放牧地のこと

ルソー著の教育書『エミール』に書かれている言葉「男性の気に入り、役に立ち、男性から愛され、尊敬され、男性が幼いときは育て、大きくなれば世話を焼き、助言を与え、なぐさめ、生活を楽しいものにしてやる」のが女性の義務であり女子教育の役目

“リソルジメント”とは高校世界史では「イタリア統一運動」と理解するが、もともとは「イタリアの近代化を進めるための政治、社会、経済、文化をめぐる動きの全体」を意味する。

オーストリア国旗（赤白赤の横ライン）の由来は、第3回十字軍でオーストリア貴族が白いベルト以外全身を返り血で赤く染まったことによる。</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-04T19:58:44+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>西洋史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4062168634"> 
  <title>万里の長城は月から見えるの？</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4062168634</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51j17s72UkL._SL160_.jpg" /><p>中国の文化についていつも面白おかしくそして深く考察し、読者を中国文化の深層に誘ってくれる北海道大学教授武田雅哉先生の新刊です。タイトルに「万里の長城は月から見えるの？」と言っておきながら冒頭から「見えません」と即答しています。「万里の長城は地球から見える唯一（もしくはオランダの大堤防と2つだけ）の人工建造物」というフレーズは私も何度も聞いたことがあり、それに対してとくに疑問の何も持ちませんでした。まあ授業でこのことに触れたこともないので要するにとくに関心がなかったというだけですが、この本はのっけから「見えない」と断言していることからも分かるとおり、万里の長城が月（ないしは宇宙）から見える・見えないを科学的に考察した本ではありません。「月から見える」神話がどのように形成され、それに対して中国人がどのような態度をとってきたかを探り、ここから中国人の心性にアプローチする内容となっています。

もともと、「月（宇宙）から長城が見える」という神話は中国を見聞した西洋人によってまことしやかに囁かれていた中国文明が生んだ巨大建築を誇張的に形容する言葉でした。最初は「月の人」が長城を見ているとされ、それが19~20世紀前半になると月に住む知的生命体に、そして「天文学者の意見」と宇宙時代にふさわしい権威付けがなされました。そして1969年アームスロトングが月に降り立つと「彼が実際に見た」と（本人は言っていないにもかかわらず！）され、中国人に自分たちの文明への誇りと愛国心をもって受け入れられ、さまざまなメディアや教科書に取り上げられ、それは自明のものとなりました。そしてここから面白くなります。2003年、中国人初の宇宙飛行士となった楊利偉氏が地球帰還後のインタビューで「見えなかった」と言ったものだから中国では大騒動となります。客観的に考えれば、見えるはずはない（視力１．０の人だと幅約10メートルの長城は約35キロ上空で見えなくなるが、宇宙船は地球の軌道上を高度350キロで周回する。ちなみに月と地球の距離は38万キロ）のですが、これを素直に受け入れられない中国人は2つの態度をとります。一つは、「アメリカ人のでたらめな言葉を、正直な中国人が勇気を持って科学的態度でただした」という態度で、これだと中国人のプライドは傷つけられません。またもう一つの態度は、日本式に言うと「鳴かぬなら鳴かせてみしょうホトトギス」、つまりどうにかして宇宙から（月からはさすがに無茶だと分かっていたようで）見えるようにしようと、長城をサーチライトで照らしたり、肉眼で･･･のはずが望遠鏡などを使ってまで見よう（見せよう）としました。何か昔テレビタックルでやってたたま出版の韮沢さんと科学者の大槻教授のギャグみたいな論争を国家規模で大まじめにするものだから面白くて仕方がありません。
このような中国人（中国文化）を日本人と相容れないといって切り捨てるのは簡単です。しかし、武田先生のようにこれらを楽しく見守る態度も大事だと思います。そして、何よりそちらの方が絶対に面白い！</p>]]>
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  <dc:date>2012-01-03T22:05:45+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>世界史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/B000NIVIPA"> 
  <title>麦の穂をゆらす風 プレミアム・エディション [DVD]</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/B000NIVIPA</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51HkhXIUfBL._SL160_.jpg" /><p>第一次世界大戦が始まり、イギリスがアイルランドの懐柔をはかるためにアイルランド自治法案を決議したものの施行が停止され、業を煮やした独立派のアイルランド義勇軍がイースター蜂起を行ったのが1916年、本作品はその第一次世界大戦後の、アイルランドの独立派政党シン・フェイン党がアイルランド共和国の成立を宣言し、それに忠誠を誓った義勇軍の「激動の歴史と運命に引き裂かれる人々の悲劇」が描かれています。
山川出版社の『詳説世界史B』ではこの時期のアイルランドについては「アイルランドは、1922年、北部のアルスターをのぞいてアイルランド自由国として自治領となった。1926年と30年のイギリス帝国会議の決議によって、31年ウェストミンスター憲章が成立し、各自治領はイギリス連邦の一員として、王冠への忠誠のもとに本国と対等の地位をえた。しかし、アイルランドの独立派は37年に王冠への忠誠宣言を廃止し、独自の憲法を定め、エールを国名として事実上連邦を離脱した。」（308頁）と書いています。
もう少し詳しくこのあたりの歴史を述べると、アイルランドは17世紀半ばのクロムウェルによるアイルランド征服以来、イギリス領として支配され続けられました。土地はイギリス人地主に取られ、地味が豊かな土地はイギリス本国用の小麦が植え付けられ、アイルランド人達は小作人として彼らの大農場で働く一方、貧弱な土地でも育つジャガイモを主食として貧しい生活を送っていました。19世紀半ばに発生したジャガイモ飢饉（ジャガイモの疫病が大流行し、ほとんど収穫が上がらなかった）で多くのアイルランド人が餓死・もしくはアメリカへ移民した（この頃のアメリカ移民はドイツに次いで世界第2位）にもかかわらず、小麦は例年通りイギリスに輸出されていたそうです。アイルランド人も自由を目指して活動してきました。1828年の審査法（イギリス国教会信者以外はイギリスの公職に就けない）廃止と翌年のカトリック教徒解放法に尽力したオコンネルは高校世界史でも必ず出てくる項目です。また、自由党のグラッドストンもアイルランド自治法案を議会に提出しています。
1916年のイースター蜂起後、アイルランド義勇軍はゲリラ活動でイギリス軍を悩ませ（本作品で最も多くの時間を割いているくだりにもなります）、1921年のイギリス・アイルランド条約の締結につながりました。しかし講和条約の内容が「アイルランドがイギリス国王に忠誠を誓う連邦にとどまること」「北部アルスター地方は引き続きイギリス本国内にとどまること」など多くのアイルランド人にとって受け入れられませんでした。そしてアイルランドではこの条約を受け入れるかどうかで内戦状態となり、結局はデ・ヴィレラひきいる左派が選挙に勝利し、1937年のイギリス連邦からの離脱へとつながります。
本作品では医者を目指していた主人公デミアン（キリアン・マーフィー）が独立戦争へと身を投じ、多くの犠牲を払いながら勝利したのも束の間、上記の条約を巡り兄と対立をして･･･（以下映画の核心部分となるので省略します）。
本作品を見て、アイルランドの独立過程がよく分かったのもありますが、教科書のほんの数行の出来事（ないしは書かれていない事）は受験生にとっては「重箱の隅をつつくような内容」に思えるかもしれませんが、実は当時を生きていた人にとってものすごく重要なことであるということを改めて感じることができました。このことを忘れては血の通った歴史の授業はできません。映画の作品としても非常に見応えがありましたし、いろんなことで「いい映画」だと思います。</p>]]>
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  <dc:date>2011-08-12T23:14:57+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>西洋史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/B000929WJO"> 
  <title>北の零年 通常版 [DVD]</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/B000929WJO</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31JQ47K79QL._SL160_.jpg" /><p>以前から気にはなっていた映画です。明治3年の庚午事変（徳島藩から分離しようとした淡路の稲田藩を徳島藩藩士が襲撃した事件）をきっかけに稲田藩の家臣達は北海道開拓に向かわせられ、北の大地での苦悩と生き様を描いています。
しかし、私は映画の批評家ではないのでど素人の視点ですが、正直駄作というか、つっこみどころが満載な上、つまらなさが際だっています。北海道の厳冬（しかも猛烈な吹雪の中）になぜ母子二人が軽装で旅に出るのか、服の上から肥料の油？をかぶって火を付けてイナゴの大群に飛び込み、一面を火の海にした人が、あっという間に救われてしかも服の火はすでに消えているとか、いくらなんでもそりゃ無茶な･･･と思うシーンが結構見られます。
授業で使えそうなところもなく、正直3時間無駄にしました。他の人のレビューでも辛口コメント満載だったので、それを先に見ておけばよかったかなと後悔しています。</p>]]>
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  <dc:date>2011-08-02T22:10:08+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>日本史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4004312744"> 
  <title>平城京の時代〈シリーズ 日本古代史 4〉 (岩波新書)</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41zNNkWjTWL._SL160_.jpg" /><p>奈良時代というのは、（よく考えない私だけかもしれませんが）結構教えやすい時代です。政治は基本的に政権担当者ごとにまとめればいいですし（つまり藤原不比等→長屋王→藤原四子→橘諸兄→藤原仲麻呂→道鏡）、天皇は聖武天皇を中心とすれば良し、藤原四子の連続病死の祟り？や孝謙上皇のスキャンダルなど生徒も興味をもつ話題も多いので、さくさく進みます。しかし、それに甘えて疑問を持っても深く考えず素通りしてしまいます。例えば蓄銭叙位令、お金を流通させるためにこれが果たしてどこまで有効だったのか？　もしくは孝謙上皇と淳仁天皇・藤原仲麻呂の権力争い、上皇の力はそんなに強いのかetc･･･。この本を読み、今まで放置してきた疑問がいろいろと氷解していきました。蓄銭叙位はやはり効果がなく1例しかないことから、朝廷は早々にあきらめていたこと、孝謙上皇の件は、現天皇に皇位を授けた側、つまり太上天皇に究極の皇位継承者指名権があったということなど、いろいろと知ることができました。また、なぜ防人が東国出身者だけかという問題で、今まで私は「逃亡防止」からしか説明してませんでしたが、白村江の戦いや水城・朝鮮式山城の建設などで九州北部の人々が疲弊していたこと、またこの地の人々は従来より朝鮮との繋がりが強かったことも理由にあるそうです。言われてみれば、納得のことですね。
大変勉強になりました。</p>]]>
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  <dc:date>2011-06-23T23:19:31+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>日本史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4344901894"> 
  <title>知識ゼロからの世界史入門〈1部〉近現代史</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4344901894</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51ZXm4dVkQL._SL160_.jpg" /><p>超進学校で有名な開成高校の世界史教諭だった方が書いた世界史入門書だというので、河合塾の青木裕司先生が書いた『知識ゼロからの現代史入門』くらい教科書の行間を埋めるような、目から鱗が落ちるような濃い内容かと期待していました。が、期待が大きかっただけに評価がきつくなっています。文字通りの入門書で、図が多くさくさく読める内容ですが、ちょっと世界史をかじったことのある人が読めば、物足りなさは否定できません。進学校の教師が書いたものだから受験生も手に取ることを思えば、「開成高等学校世界史教諭」の看板は控えめにして、一般読者向けであることを主張した方がいいのではないかと思います。さらに、内容を簡略しすぎたためか、受験生がこの部分を読んで勘違いしたらかわいそうだな、と思う“試験の正誤を問う”問題に出そうな不注意な記述がありました。例えば108頁「（1945年）7月、ベルリン郊外のポツダムに同じく米英ソの首脳が集まり、ドイツの戦後処理や太平洋戦争の終結について協議。（中略）そこで作成した米英ソ3カ国名義による無条件降伏勧告、いわゆるポツダム宣言を日本に突きつけたのである。」と書いていますが、ご存じの通りポツダム宣言は当初“米英中”の名で出されたもの、のちにソ連が加わります。また、ベトナム戦争の図中でベトナム民主共和国（北ベトナム）が支援をしているのが「ベトナム独立同盟」となってますが、これは明らかに間違いですね。ベトナム独立同盟（ベトミン）とは、1941年にホー・チ・ミンが結成させた軍事組織で、太平洋戦争中は抗日、インドシナ戦争では抗フランス武装闘争を展開します。まあこれは単純に「南ベトナム解放民族戦線」の間違いでしょう。ただイタリアのエチオピア侵攻の地図や中東問題の表は見やすくてためになりました。また、ソ連指導者の「ツルフサ理論」（ソ連の指導者はツルツルとフサフサが交替で就任している）は面白かったです。あと蛇足ですが、1950年代の状況は「パックス＝アメリカーナ」よりも「パックス＝ルッソ・アメリカーナ」の方が実態を表していると思います。</p>]]>
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  <dc:date>2011-06-23T21:49:42+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>世界史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4255004854"> 
  <title>それでも、日本人は「戦争」を選んだ</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4255004854</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51h9kj-emvL._SL160_.jpg" /><p>東大教授で、日本近現代史、とくに戦争の背景について書いた多くの本を出している加藤陽子先生が、高校生（栄光学園という高校は知りませんが、相当レベルの高い学校らしい。しかもその中の歴史研究部員というから、全国の高校生の中でも歴史の知識や理解力に関してはトップレベルでしょう。実際読んでみてもそう感じました。）を対象に５日間にわたって日清戦争から太平洋戦争まで日本が経験してきた戦争について、その背後関係や為政者たちの動向をつぶさに、そして客観的に（右にも左にもよらず）わかりやすく説明してくれます。先生の本は以前に岩波新書の『満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史⑤』を紹介してますが、両著に先生の歴史に対する姿勢が通底しています。
では本書の内容に入りましょう。日本は日清戦争以来中国と深く関わり合いながら1945年を迎えますが、それを「侵略・被侵略」の関係で歴史を見てはかえって見えにくくなる、互いに競い合うという視点から見ていかなければならないといっています。また、先生は日本の植民地拡大をアメリカの学者マーク・ピーティ先生の説を引いて「近代植民地帝国の中で、これほどはっきりと戦略的な思考に導かれ、また当局者の間にこれほど慎重な考察と広範な見解の一致が見られた国はない。日本の植民地はすべて、その獲得が日本の戦略的利益に合致するという最高レベルでの慎重な決定に基づいて領有された」（192頁）とのべ、商業的・宗教的・社会政策的な理由から植民地を拡大させていった欧米植民地帝国との差異を指摘しています。確かに、戦争遂行など最重要課題は当時の日本の最高レベルのインテリジェンス達が決めていたはずで、単に「領土的野心」とか「陸軍の暴走」で片付けてしまっては見るべきものが見えなくなってしまいます。現在を生きる我々は後出しじゃんけんのように、当時の政策を「無謀」とか「精神主義」とか言って批判しますが（もちろん当時もそういって戦争に反対している人も大勢いました）、当時の政策担当者たちも日米の差はもちろん考えていましたし（それが結果として正しかったかどうかではなく）、その優秀な頭脳でさまざまな可能性を取捨選択しながら、私達が知っているような歴史をたどっていったのです。国際連盟を脱退した松岡洋右だって、さまざまな本では批判されがちですが、本書を読めば彼もギリギリの選択の中から行動をしたことが分かります（実は彼は政府に「妥協して連盟にとどまる」よう訴えていた！）。今後日本近現代史を学んでいく若者達にとって、本書は最初の段階で読むべき基本図書となることは間違いありません。いや、日本近現代史にかぎらず、歴史や政治に興味のある人は必ず目を通すべき本だと確信します。</p>]]>
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  <dc:date>2011-06-07T23:08:14+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>日本史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4872944348"> 
  <title>日本史へのいざない―考えながら学ぼう</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4872944348</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51H27S37S4L._SL160_.jpg" /><p>本書は元高校の歴史教師であり、大学で地歴科教育法の授業を担当した著者による、著者の教師としての実践をもとにした内容となっています。具体的には、縄文から近現代までを２２のテーマに分け、各テーマごとにいくつかの質問をしながら展開していくという、まるでこちらが著者の授業を受けている感覚となるよう書かれています。本書が出たのが2006年にもかかわらず、各テーマの末尾に提示されている参考文献が古いためか、果たして最新の日本史の研究を踏まえた内容なのか、世界史が専門で日本史は門外漢の私は少しく不安になります。しかし、いろいろと興味を引く内容がいくつも書かれてあり、面白く読むことができました。例えば「縄文・弥生・鎌倉・江戸・現代」を平均身長の高い順から並べるとどうなるかという質問は、決して試験には聞かれる内容ではありませんが、非常に興味のそそられる、そして生徒の思考力を涵養する深い問いであると感じました。ちなみに答えのヒントは食生活の変化で、現代→弥生→鎌倉→縄文→江戸となります。他にも、江戸時代の年貢率（これを免といいます）は五公五民ないしは四公六民で非常に高く、農民は困窮していたと思われがちですが、実は最後の総検地は元禄時代に行われたため、それ以後の新田は計算に入っておらず、また商品作物の進展もあり、実質的に農民の総収入における税の割合は10％に満たないということ、蒸気船の積める石炭の量はせいぜい１週間程度で、アメリカはどうしても補給地が必要だったこと、日清戦争の賠償金２億両（＋遼東半島還付の代償金3000万両）は今の金額に直すと約360兆円となることなどは授業でも生徒が興味を持つ内容ではないかと思います。
最後に著者は「「歴史をなぜ学ぶのか？」という内容が、よく教科書の冒頭にとりあげられています。しかし私は、これは順序が逆だと思っています。まずは具体的な内容を学んで、それが終わった時点で、歴史とは何かという問いに対する答えを、生徒自身の手でつかませる方が正しいのではないでしょうか」（196ページ）と述べています。私にとっては目からウロコの指摘で、非常に考えさせられる意見でした。
本書の続編が今年５月に出ているようなので、是非読ませていただきたいと思います。</p>]]>
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  <dc:date>2011-06-06T23:06:23+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>日本史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4004312507"> 
  <title>近代国家への模索 1894-1925〈シリーズ 中国近現代史 2〉 (岩波新書)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/gankai2664/archives/4004312507</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41GoHVWZEdL._SL160_.jpg" /><p>本書は岩波新書の「シリーズ中国近現代史」の第２巻にあたり、日清戦争から孫文が死去する1920年代なかばまでを範囲としています。近代中国における地方の自立傾向は第１巻の感想でも書きましたが、本書が扱う時代では、それを如何に近代国民国家へと変貌させていくかの為政者の試行錯誤が見て取れます。国内は地方が自立傾向を強め、国外勢力は日清戦争後「眠れる獅子」の実態が暴かれると列強たちが群がって領土を「瓜分」していく・・・。そうした中知識人たちはそれまで自分たちをしばっていた華夷秩序からの脱却を目指し、自分たちの国を同一色とし、王朝名である「清」ではなく、国名である「中国」を意識するようになります。そのため、年の数え方もそれまでの「元号」ではなく、“孔子紀元”や“黄帝紀元”（黄帝とは漢民族の祖と伝えられている神話上の君主）を使うものも出てきました。中国三千年とか四千年とかいう言い方はここから来ているとのことです。また、この頃は皇帝のために命をかける所謂「忠君」よりも、国に殉じる「忠国」が強く意識されたそうです。
辛亥革命を経て、袁世凱が「皇帝」を名乗りますが、地方の強い反発で彼は断念せざるを得なくなります。やはりまだ近代的な国としての中央集権化は形成されておらず、地方の独立制が読み取れます。しかし、この頃の中国は何となく無秩序状態のイメージがわきがちですが、決してそんなことはなく、行政はある程度機能していたこともしっかりと意識しないと当該時期の中国を見誤ってしまいそうです。
最後に本書を読んで新たに知った授業で使えそうなことを箇条書きで。
・下関条約における遼東半島の割譲について、李鴻章は三国干渉を織り込み済みで調印している。
・1919年のカラハン宣言について、山川出版社の『詳説世界史B』では「1919年、ソヴィエト政府は中国に対し、外務人民委員代理カラハンの名で、旧ロシア政府が中国に有したいっさいの帝国主義的特権の放棄を宣言し、中国に歓迎された」（314ページ）と書かれているが、実はそれ以前にロシア革命が進展する中で中国政府はロシアがもっていた多くの外国特権や権益を回収していた。また、ソ連は通称問題や関税、国境問題、鉄道、外モンゴルの問題などは「今後の会議で解決」といって放棄しなかった。
・「二十一カ条の要求」撤回を受け入れられなかった中国政府は、ヴェルサイユ条約に加盟しなかったが、連合国とオーストリアとの講和条約であるサンジェルマン条約には調印したため、国際連盟に加盟することができた。</p>]]>
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  <dc:date>2011-06-06T21:59:49+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>東洋史</dc:subject> 
  <dc:creator>zhangtan</dc:creator> 
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