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ぐーたらうりぼうさんの本棚 > 風に舞いあがるビニールシート


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レビュー by ぐーたらうりぼうさん

小説   読み終わった  読了日 : 2010年01月29日  4

人は誰でも、自らの人生に他人に語れるようなストーリーを持っている。
なぜなら、誰しも人生の中で、自分にとっては大きな一歩を踏み出す時があるから。
それは十分に語るに足るストーリーのはずだ。
森絵都の直木賞受賞作、『風に舞い上がるビニールシート』はその、人が一歩を踏み出す瞬間を巧みに描いている。

私は読む本を選ぶ際に、芥川賞や直木賞といった文学賞にはまったく関心がない。逆にこうした受賞作であれば、なんとなく読むのを敬遠してしまう。しかし本作を読んで、直木賞もまんざらではないなと思った。6つの独立した短編からなる本作は、人が誰しも持ち、そして人によって違う「自分の人生で大きなもの」への迷いや葛藤を抱えた人々が、その人生におけるちょっと、あるいは大きな一歩を踏み出す瞬間を描いている。

この作品全体を通して、私は読んでいてまるでドキュメンタリー映像を見ているような感覚に陥った。その理由の一つは、物語の切り取り方ではないか。読者にとって始まりは唐突だ。読者はのっけから、主人公がその一歩を踏み出すちょっと前のシチュエーションにポンと投げ出される。読者は主人公がどんな人物で、いったいその前にどんなことがあってこの状況なのかさっぱりわからぬまま、主人公の戸惑いや苦悩、逡巡、焦りを目の当たりにするのだ。

そして事態が進む中で読者は主人公がおかれている状況をだんだんに理解していく。そうしてそのまま読者は主人公と一緒に彼、彼女が一歩を踏み出す瞬間に立会うのだ。この作品は何気ない日常を切り取っている小説とは違う。それまでとは違う新しい一歩を踏み出す瞬間、その部分だけを切り取っている。読者はその場面の目撃者のような感覚を味わうことになり、それがまるでドキュメンタリーを観たような気分につながるのではないだろうか。

さらにもう一つこの作品がドキュメンタリーのような感覚に陥らせる理由は、主人公たちの職業?によるだろう。サラリーマンが主人公の「ジェネレーションX」は除き、有名パティシエのアシスタント、捨て犬保護のボランティア、社会人大学生、仏像の修復師、難民保護の国連職員。存在は知っていてもその実態はなかなか計り知れないことをしている人々だ。仏像修復師を主人公にした「鐘の音」は、私にはすこしとっつきにくかったが、こうした知ってるようで知らない、けれど「今」のこの現実を反映したような職業の人々の内情をリアルに感じられるあたりも、ドキュメンタリーぽいのだ。

そして、ドキュメンタリーを観た時のドキッとさせられる感覚もこの作品は備えている。

 「自分に何ができるのかと考えることは、自分の無力さと向かいあうことだ。だから恵利子は長いことそれを放棄していた。・・(略)・・そうして目をそむけていれば、恵利子の毎日はそこそこ平穏に、波風もなくゆるゆると通りすぎていった。・・(略)・・それでも心のどこかに、本当にこれでいいのかと、こうしてゆるゆると年だけを重ねていくのだろうかと、形にならない疑問がうごめいてもいた。」

 「自分には関係ない、と目をそむければすむ誰かやなにかのために、私はこれまで何をしたことがあるだろう?」
(以上「犬の散歩」より)

ドキッとした。幸運にも平和ボケしたこの国に生まれた私たちには、自分には関係ないと目をそむければ、それで済ませられることがいっぱいある。でもそれでいいのだろうか?

この部分に限らず、この作品は何かしら読者に人生について考えさせるだろう。 登録日 : 2010年01月29日 13:03:24


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