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  <title>おおくぼの本棚</title> 
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  <description>読書備忘録。</description> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4480085432"> 
  <title>わたしの外国語学習法 (ちくま学芸文庫)</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/513Z50GF88L._SL160_.jpg" /><p>純粋な学習によって16ヶ国語を習得したハンガリー人の外国語学習術。
学習術、学習法といえるような所謂ハウツーものとしてではなくむしろエッセイの類。
外国語習得にあたっては女性のほうが男性よりすぐれているということはよく聞く。
＜成人した、教養ある人間は、外国語を話すときに《常に彼の精神的熟成度とそのレベルにふさわしい内容を外国語で表現することの可能性の限界の間に生じるギャップにもだえ苦しむものだ》。～中略～男性は、このギャップにより悩まされるものです。＞
このことは一定の水準に達した外国語学習者がいやがおうにもぶつかる壁であって、ここで腐ってしまっては道は開けないとわかっていながらもいろいろと考えこんでしまう。そこで＜外国語での発話は、常に妥協である＞。というコストラーニの引用はほとんど真理で、学習を続ける限りは何度もそこへ立ち返って自分を励ましていくことだなあと思った。</p>]]>
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  <dc:date>2010-11-10T16:08:13+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説以外</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4103534257"> 
  <title>1Q84 BOOK 3</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4103534257</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41ffQULRlxL._SL160_.jpg" /><p>book2までの主人公である青豆、天吾に加えて牛河の視点も書かれる。互いに1984年ではないパラレルな1Q84年（夜空に月が二つ見える）に迷い込み、交わることのなかった青豆と天吾が最後に出会うことになる。二人にとっては「敵」としての立場にある牛河が、青豆を追う過程で天吾にたどり着き、結果として二人の出会いをアシストすることになる。牛河にも月が二つ見えるようになったのは青豆と天吾の繋がりに踏み込んだことが原因なのだろう。
探り追う者と、探られ隠れる者とのリレーで進むために、多分にエンターテイメント。そのなかで『空気さなぎ』とそれに関連する暗示的でよくわからないワードが絡み合い、シュールなファンタジーともなる。

この話はラブストーリーだったんだなあということがわかる。
そもそも二人は十歳のときから二十年間会ってもいなければ言葉を交わしてもいないのに、強烈に惹かれあっている。直接の性交渉無しで青豆は天吾の子供を宿す。
子供時代のエピソードから事実的な因果はあるが、二人の間に介在している事件と得体の知れないモノ（メタファーのような物事）がお互いを意識させ、唐突な結果（妊娠）になる。
普通ラブストーリーを読む場合、男女が結ばれる（もしくは破綻する）までの俗っぽい雑多な過程の中に想像力をめぐらせるものだと思うけど、神話みたいな大胆さで、本来一緒に築き上げていくべき恋愛関係の過程をまるまる得体の知れない何かに代替させたような。ラブストーリーとしてみた場合、そういうふうに思えた。それにしても。

得体の知れない何かがなにやらそれらしい整合性を持ってどうやら落ち着くべきところに落ち着かせた。わかることはそれだけ。

作中で小説『空気さなぎ』がなんだかわからないけどワクワクするという理由で評価されたのと同じことが必然的にちゃんとなされているのです。というより、「どうやら現実に起きていることらしいがわけのわからない内容で、でも強烈な魅力を持った小説『空気さなぎ』が書かれた、その現実の中で結ばれる男女の話」だからわけがわからなくて当然。…うーん。
村上春樹の小説は読む側のいわゆる「小説世界を楽しむ技量」を試されている気がして仕方が無いけど、挑むようにして読む小説ってそれ自体が貴重な気もしたり。百万人の日本人が読むんだからなおさら。</p>]]>
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  <dc:date>2010-08-27T03:03:37+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4167679426"> 
  <title>謝々(シエシエ)!チャイニーズ (文春文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4167679426</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51u1Bcy7r0L._SL160_.jpg" />]]>
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  <dc:date>2010-08-23T09:55:32+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>中国全般</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4167137070"> 
  <title>平壌ハイ (文春文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4167137070</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51K1PBX8CAL._SL160_.jpg" /><p>ドラッグをきめながらの北朝鮮ツアー記。
著者曰く「作品発表から文庫落ちまでの数年の期間の内に、作品中の記述が事実に反することが明らかになった場合でも、その内容を書き直すことはすべきでない」。それがノンフィクションを書くにあたっての原則であり美学らしく、それはまったくその通りだと思う。著者が責任を負えない領域を恣意的に脚色するっていうのは普通ないことだとは思うけど、そうでない部分はおもしろおかしく脚色してオッケーである。そこで思うのはこの人は脚色アリの部分ではそうとう脚色しているだろうなあということ。そもそも平壌ハイなんちゅうドラッグは存在したのか。本当にマリファナを吸いながら観光したのか。ドラッグが絡むエピソードは全部フィクションのような気がする。勘だけど。
たしかに石丸元璋は”ドラッグの作家”である。ドラッグに生き方を縛られたような人だし、そんな人が作家を名乗るなら書くものもドラッグに縛られる。
エピローグでとある人に「意図的に差別的な言葉を多用して逆にリベラルをアピールしている」と指摘されてタジタジになった。と正直に書いていて、また、それは技法面での狙いもあって切り離しにくいものだとも書いている。石丸にとって「ドラッグ」というキーアイテムも、ドラッグ作家である以上、これを書いた時点では切り離すわけにいかなかったのではなかろうか。
北朝鮮というジャーナリスティックな題材を選びながら「まじめに議論するために書いていない」「ジャーナリズムほど現実を見えにくくする色眼鏡はない」というようなスタンスを採るのはまあこの人に至っては当然だとして、それじゃあ何を書くのかというと北朝鮮という素材の、ステージとしての”破天荒さ”のみの重点を置いた、単純にハチャメチャな旅行記であり、さらにドラッグを絡めればより破天荒なのかもしれないけど、残念なことにこの本の中で書かれてるドラッグシーンは全体から妙に浮いていてリアリティーもなく退屈だ。
だから、この人は実際には現地でドラッグをやってないような気がしてしまう。読み終えてからもこのタイトルに帰結しようがない。</p>]]>
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  <dc:date>2010-08-17T03:19:06+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説以外</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4062739860"> 
  <title>バンド・オブ・ザ・ナイト (講談社文庫)</title> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51PKNJBZGWL._SL160_.jpg" /><p>いつだったかなにかしらネタをきめて脳が活発に働くのを感じた中島らもがメモ用紙にアイデアを書き残し、翌日正気になって見るとそこに「冷蔵庫」とだけ書いてあり愕然とした。と言っていたのをこの小説を読んでいて思い出した。きっとラリっていたらもの脳はこの小説のように言葉が確かな意味を持って濁流のように巡っていたのだろう。酩酊状態の思考回路は本人にとっては自己完結的に真理を導くが、ロジックは無視される。意味を成さない言葉の羅列がぎっしり見開きに埋め尽くされているのを見てちょっと笑ってしまったが一字一句網羅する気にはならなかった。めんどくさいから。
町田康の解説が良い。</p>]]>
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  <dc:date>2010-08-17T03:18:26+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4101331723"> 
  <title>自壊する帝国 (新潮文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4101331723</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51iEI9OVEZL._SL160_.jpg" />]]>
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  <dc:date>2010-08-17T03:17:48+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説以外</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4569669115"> 
  <title>大地の咆哮(ほうこう) (PHP文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4569669115</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51i15sN8ioL._SL160_.jpg" /><p>外交官が見た中国。
『大地の咆哮』というタイトルからなんとなくコアなドキュメントを想像したけど中国理解のための誰にとっても優しい指南書のような本。
対中ＯＤＡ、反日運動、靖国問題、尖閣諸島問題等の今日も度々日中間で問題となる事柄の解説から、経済構造や格差社会、水不足問題といった国内の問題など十六の章に分けて広い分野をカバーしていている。余命僅かの中で執筆されたようで、著者はピンポイントで濃いものを書くよりも広く多くの人に伝えることを重点に置いた様子。

著者が参加する、中央の要請を通さない「草の根無償資金協力」によって学校建設のような教育支援や浄化装置設置などの自然保護という人道的に看過できない分野への活動には熱がある。
本来中国自身がすべき援助を日本のＯＤＡによってきめ細かくケアすることが国内の問題提起に繋がる。日本側から軍事費優先を糾すためには、そもそも外部より内部矛盾が脅威となる中国に対して、日本の活動によって国内援助を誘う姿勢をとるほうが、軍事費を増やすなら円借款を止めるぞと直に迫るよりも説得力がある・・・というように著者はＯＤＡが中国の質的変換を促す役割を強調する。そこに根ざしているのは長年自ら各地に足を運んで無残な状況を目にしてきた著者の正義感であることが読み取れ、弱者への視線、腐敗への警笛は本書全体を通しての特徴といえる。

とても役立った。気になったときに各章ぺらぺらっと読み返しやすいので手元にあると便利。</p>]]>
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  <dc:date>2010-08-16T04:50:31+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>中国全般</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
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<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4101063044"> 
  <title>敦煌 (新潮文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4101063044</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51WT97TH36L._SL160_.jpg" /><p>科挙の試験で居眠り、挫折の後、身売りのウイグル女の挙動から感化されるものがあり西域を望むこととなった趙行徳はどういう因果か西夏軍の漢人部隊に編入することとなる。将軍の朱王礼にその博識と強運を見初められ、異民族語の翻訳などに従事する。

物語は史実をベースにしている。実在した国といくつかの重要な人物、そして敦煌の興亡の様も伝えられている通り。そうした舞台に架空の人物を奔走させ、男臭いヒューマンドラマとなっているが、筆調は淡白且つ堅実。
趙行徳は沙州（敦煌）において戦火から大量の文献を守るべく、それを財宝と偽って安全な洞窟に隠すことに成功する。
終章はそれが年月を経て新たな世代に発見され、持ち出され、貴重な歴史的文献としてその価値を高めたという事実を以って締められる。
特に学者にとってこの奇跡的で感動的な事実は井上靖の作家的想像力をかきたてるに足る題材であるが、想像部分が冗長になってしまっては事実の重みに対して物語の結末としては味気なくなる恐れのあるところを250頁程度のボリュームにまとめた潔さに感心した次第。</p>]]>
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  <dc:date>2010-08-09T04:57:58+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4043756011"> 
  <title>嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4043756011</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51LoTh2JB%2BL._SL160_.jpg" />]]>
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  <dc:date>2010-08-07T15:19:13+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4334034535"> 
  <title>愚か者、中国をゆく (光文社新書)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4334034535</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41g80jBB90L._SL160_.jpg" /><p>香港を抜けて広州、鄭州、西安、敦煌、ウルムチの旅程を、著者が21歳の時にアメリカ人の相棒と共に汽車で巡った回想日記。

時代は80年代。当時の中国では切符販売がオンライン化していないので各駅が適当にばら売りしているという状況で、待てど並べど硬臥の切符が手に入らないが、その駅の窓口に切符が無くても満席とは限らない。そこで硬座の切符を買って乗車してから空いている硬臥を押さえるという裏技に成功したり、失敗したり。
中国人の多さ。駅ではこれが圧倒的に感じられると書かれている。それは今も昔も変わらないんだなあとしみじみする。
敦煌に至って期待したほど感動出来ない戸惑いが、そこが非日常に長く身を置いた旅の終盤にあることが原因じゃないかというところに共感を覚えた。
蛇足の章でも常々自分が考えていたことを指摘していて楽しく読めた。

平素な目線で愛情むき出しの中国のルポを書く作家はこの人以外にいないのではないか。もっと書いて欲しい。</p>]]>
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  <dc:date>2010-08-07T15:16:00+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>中国全般</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4167137054"> 
  <title>SPEED スピード (文春文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4167137054</link> 
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<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41KY2QTFDFL._SL160_.jpg" /><p>東京で麻薬ルポに挑んだライター石丸元章が取材という建て前でジャンキーになり、好きなようにキメまくって、逆に麻薬中毒者Ａとして取材される立場に成り下がるばかりか、あとがきを書いている時点で拘置所にいるというすばらしいオチがつく記録。

石丸の麻薬に対する考え方は、社会的なモラルの枠組みからは絶対に語られない。石丸にしても中島らもにしても、それからバロウズにしたってそうで、彼ら表現者にしてみたら敗退的ライフスタイルそのものが存在意義のようなところがあるから、こちら側からすると”腹をくくった人たち”としての憧憬こそあれ、尊敬はできない。
この人はそういう尊敬してしまうわけにはいかない偉人の一人である。</p>]]>
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  <dc:date>2010-08-06T11:21:07+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説以外</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4309463037"> 
  <title>人間はどこまで耐えられるのか (河出文庫)</title> 
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<![CDATA[
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  <dc:date>2010-08-06T11:18:32+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説以外</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4101152365"> 
  <title>アメリカ素描 (新潮文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4101152365</link> 
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  <dc:date>2010-08-05T05:35:38+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説以外</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4150309841"> 
  <title>虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4150309841</link> 
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<![CDATA[
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  <dc:date>2010-08-02T03:25:01+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
</item> 
<item rdf:about="http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4167773686"> 
  <title>街場のアメリカ論 (文春文庫)</title> 
  <link>http://booklog.jp/users/guizhi/archives/1/4167773686</link> 
  <description>
<![CDATA[
<img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41TfRRxMUzL._SL160_.jpg" /><p>内田樹がアメリカをテーマにした演習の記録を文字に起こして加筆したもの。
日本がアメリカの承諾なしに政策決定するためにはその自決権をアメリカに認められなければならない。アメリカからの自立はアメリカへの依存を基礎とするしかない。新米的政策は反米的心情に裏打ちされ、その逆も同様に然るという「ねじれ」がある。（日本人はアメリカの「従者」としてのメンタリティーから逃れがたく、「従属」を通じての「自立」というねじれた語り口以外にことばを持ちえない。「従者」であるかぎり日本人のアメリカ批判はいくら痛切であっても「保護者の責務の感覚」が入り込むことは構造的にありえず、そこにはいつでもある種の「気楽さ」が伏流している。）
このようなねじれたナショナル・アイデンティティーの持ち様はアメリカが押し付けたのではなく日本人が選び取ったものである。内田樹は本書において、「日本人はどのようにアメリカを欲望するのか」ということを、「従者」としてアメリカを倫理的な態度で語ることが出来ないというような「病識」を意識しながら語る、という、わかったよなわからないような前置きを以って始める。
本編では、歴史、ファストフード、アメコミ、統治システム、戦争、児童虐待、殺人鬼、身体、キリスト教、コネクション、裁判とテーマを分けてアメリカと日本を対比しながら論じる。
「いかに辛辣な批判」も、日本人がそれを言うかぎり「気楽」であるということは、なるほどそれはその通りだと思った。ただそれを意識しているからといって、いったいなんなのか。それがこの論考に何をもたらしたのかはわからない。でもひとつひとつの章はおもしろく、「アメリカ的」なるものの直輸入は無謀であるということを改めて強く意識させられる。</p>]]>
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  <dc:date>2010-08-02T03:23:46+09:00</dc:date> 
  <dc:subject>小説以外</dc:subject> 
  <dc:creator>おおくぼ</dc:creator> 
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