バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

  • 光文社 (2017年5月17日発売)
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(タイトル)
あれ、バッタがいない!?
危機に陥ったバッタ研究者の逆転劇!

(本文)
 『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)の表紙を一瞥すれば、なんとフザけた学者なのか……と呆れてしまうかもしれない。昆虫学者の前野ウルド浩太郎は「バッタ研究者なのにバッタに触ると蕁麻疹が出てしま」い、子どもの頃に科学雑誌の記事で読んで以来「バッタに食べられる夢を抱」いていると、どこかキワモノ感が漂っている……。

 しかし、彼のアフリカ・モーリタニアでのフィールドワークを記した本書を読めば、彼が一流の昆虫学者であると同時に、純粋な心でバッタと向かいあうひとりの人間であることがわかるはず。ポスドクとして研究費の調達に悩み、バッタの大発生に出会えないという苦しみを粘り強く待ちながら、ようやく、彼は勝利を手に入れたのだ。

 本書をもとに、彼の足跡を辿ってみよう。

 大学を卒業し、晴れて博士号を取得するも、日本にはほとんどバッタの被害がないために、研究の需要はない……。途方にくれていた前野が飛びついたのが、アフリカでのサバクトビバッタの研究だ。アフリカでは、このバッタが度々大量発生し、「神の罰」と恐れられている。農作物を食い荒らしてしまい、年間の被害総額は西アフリカだけでもおよそ400億円。バッタの大量発によって深刻な飢饉がもたらされているのだ。前野は「日本学術振興会海外特別研究員」として年間380万円の研究費・生活費を得て、2年間をアフリカ・モーリタニアでの研究に捧げた。

 モーリタニアに到着すると、到着早々バッタの発生が報告され、意気揚々と調査に繰り出す前野。夢にまで見たバッタの大量発生を目の当たりにし「逃げ惑うバッタたちと戯れ」ながら観察を続け、幼虫たちの観察を続ける。それまで。日本の研究室で研究を行ってきた彼にとって、初となるフィールドワークは思わず「チョロイではないか」という感想が漏れるほどに恵まれたものだった。しかし、ここからが長い長い修羅の道のりだった……。

 前野はその熱意を認められ、バッタ研究所の所長から直々にモーリタニアで最高の敬意を払われる「ウルド」の名前を授かり、フィールドワークに赴くための体力づくりにも余念がない。しかしその冬、国家建国以来のと言われる大干ばつに見舞われたモーリタニアにバッタの大群が現れることはなかった。仕方なく、砂漠を代表する昆虫「ゴミムシダマシ」を研究したり、偶然出会ったハリネズミを飼育したりしながら日々を過ごす前野。バッタが発生しなければ、もちろん研究もできない。「一体何しにアフリカにやってきたのか」バッタ博士は、バッタの存在無くしては無用の長物だった。さらに、バッタの大量発生を解明する論文が書けなければ、研究者としての立場もあやうくなる……。

 そして、最初の遭遇から1年半、ようやくバッタの大群との邂逅が実現! 車に飛び乗り、意気揚々とバッタの元へと500キロの道程を突き進む彼の前に現れたのは、はるか地平線まで続くバッタの大群だった。大群を目の当たりにした感動に酔いしれながら調査をはじめた前野。しかし、飛び回るバッタを追いかけようとしたその先に待っていたのは、一歩立入れば命の保証はない地雷原だった。バッタたちは、前のをあざ笑うかのように、地雷原の上を飛び去っていった。

 こうして、前野の2年間は終わった……。

 研究期間を終え、無収入状態に陥った前野。しかし、バッタに対する尽きせぬ想いを捨てられない彼は、無収入だとしてもその研究を進めていくことを決めた。日本に一時帰国し、バッタ研究の意義を広く認知させ、バッタ問題の知名度をあげるため、率先して雑誌連載やトークショーそして、ニコニコ超会議などの場での広報活動に勤しんだバッタ博士。そして、再び彼は一縷の望みをかけて、アフリカの地へと舞い戻ったのだ。

 前野にとって3年目のアフリカは、例年にない大雨に見舞われ、各地でバッタの大群が猛威を奮っていた。バッタ発生の一報を掴み、飛び込んだ前野が見たのはこれまでに遭遇したものとは桁違いの、「空が黒に覆われ」るほどのバッタの大群。念願の再会に、前野はペンを走らせながら狂ったようにデータを収集していく。数日間にわたってバッタを追いながら、前野の手にはさまざまなデータが蓄積していったのだ。その詳細な観察は、その群れの動く法則すらも見えてくるほどだったという。前野の情熱は、この瞬間にようやく実を結んだ。

 バッタに命を捧げた研究者の情熱、自然の前に為す術もない悔しさ、不足する研究費、量産されるポスドクによって就職難にあえぐ苦しみ、そして、そんな苦悩をついに打ち破る瞬間……。かつて、これほどまでドラマティックにバッタ研究について書かれた本が出版されたことがあっただろうか!? 残念ながらバッタに食べられるという夢こそ叶わなかったものの、前野は無事日本での研究者としての椅子を手に入れることにも成功した。バッタ博士は、今日もバッタを観察しながらニヤニヤとした笑みを浮かべていることだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2017年7月4日
読了日 : 2017年7月4日
本棚登録日 : 2017年7月4日

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