伝奇集 (岩波文庫 赤 792-1)

  • 岩波書店 (1993年11月16日発売)
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アルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編集。巻末の解説によれば、本書は邦訳されているボルヘスの作品集としては最良のものであるらしい。本書は大きく分けて2つの短編集『八岐の園』および『工匠集』からなり、それぞれ8編と9編の短編からなる。

本書全体に通底するテーマとなるとなかなか見いだしづらいものの、著者自身が冒頭で述べているように、本短編集を貫くものは史実に対して大胆にフィクションを外挿するその手法である。その代表はやはり冒頭の『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』だろう。

『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』は、「ウクバール」なる架空の国に関する記述が混入した百科事典を叙述者が探し求めるところから始める。作中の人物の一人が以前「ウクバール」なる国家に関する記述をある百科事典で目にしたといい、叙述者はそれを探し出す。その記述にその百科事典のその版にしか存在せず、また記述は微妙に具体性を欠き、架空の国家に関する記述を何者かが事典に混入させたということが示唆される。さらに「トレーン」なる架空の天体に存在する文明に関する百科事典「オルビス・テルティウス」に話は移る。叙述者は、ある秘密結社が、「トレーン」なる架空の天体を創造し、それに関する百科事典を編纂しようと試みたことを述べる。その架空の百科事典は、物語中の世界においてその精密さのため現実に対して影響を与えており、創造されたトレーンの文化や思想が現実を繭蝕していることが述べられ物語は終わる。読者は、物語の中の叙述者が、物語の中でのフィクションである「トレーン」、およびその網羅的な記述である「オルビス・テルティウス」が物語の中の現実を蝕む様子を物語の外から観察することになる。その頃には読者はこの短編そのものが我々の現実に対する大胆な浸食となっていることに気がつくことになる。この重層的な構造はこの短編集の一つの大きな特徴と言えよう。

このような手法は現代のフィクションに横溢しているものであるが、その原点の一つがボルヘスによるこの短編集なのであろう。忙しい日常の合間に、非日常のひとときを楽しみたい全ての人におすすめ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2013年2月26日
読了日 : 2013年2月9日
本棚登録日 : 2013年2月11日

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