子どもを産む (岩波新書 新赤版 220)

著者 :
  • 岩波書店 (1992年3月19日発売)
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感想 : 5

著者のお産経験がきっかけでフィールドワークを重ね、新たな発見につながるという「経験」が人生には大切だと気付かせてくれる本。

お産を経験していない人にとっては、やはりお産とは未経験のため未知のものだ。だからこそ第一章から驚きの連続になるのではないだろうかと想像した。
現在、夫である男性とともに出産を乗り切るというタイプのお産も増え、男性がお産をする部屋に共に入り、赤ちゃんを取り上げるのを見届けるというスタイルのものが浸透してきている。
だが、これはやはり昔では考えられなかったお産のスタイルで、男性が一緒にお産の現場に立ち会うなんて、という考えもあったそうだ。しかしこの本の文には、90歳のおばあちゃんが男性に赤ちゃんを取り上げるのを手伝ってもらった、というものがあるのだ。
最近はやり始めてたスタイルが、まさか昔に、しかもふつうにその地方では常識として行われていたということを、これを読んでどう思うだろうか。近年「良い」とされるものは、昔の日本の一部にひっそりと伝わっていたものだったりと、昔を振り返ると現在にも通用する「良い」ことというのはたくさんあると思われる。

また、90歳ともなればたいていの人はインターネットを使わないだろう。この出産経験者は、ネットを通してお産経験者を探していたなら絶対に見つからなかった貴重な人物である。つまり、著者がフィールドワークとしてその地方に出向かなければ見つからなかった人物であり、この本に載ることはなかっただろう。
ネット社会になりつつある今、インターネットで調べれば様々な情報が見つかる。こういった話を聞きたいと思えば、その話を話してくれそうな人を探すということも可能だ。ただ、それはインターネットに載る範囲の人物だけだ。こういった地方に行かなければ出会えない人や経験談は、やはりフィールドワークならではであり、フィールドワークの大切さに気付かされるのではないだろうか。

この本は、お産についての本である。お産についても知ることができるし、人体についても知ることができる。お産経験のない私にとっては子どもを産むということが曖昧にしかわかっていなかったのだが、読み進めるうちにだんだんと出産の怖さや尊さ、そして多様性に気付かされた。女性が読めば自分にこれから起こりうる未来に役立つかもしれないし、男性が読めば女性だけが体験するお産を少しは身近に考え、出産間近の妻についての知識を少しはいまから蓄えることができるかもしれない。そう期待させてくれるほどには詳しく書かれている本である。
ただ、それ以外にも気付かされることは多いと思われる。例えば、先程述べたフィールドワークについて。筆者はフィールドワーク中、男性に怒られるという体験をしたそうだ。なぜ怒られたのかは本文にのっているのだが、簡単に言えば男性が思い込んでいたことと違うことを言ってしまったからだったようだ。ここで筆者は「知らないということは恐ろしい」と言っている。ここではお産に関しての知らないことだが、もっと広く考えるとどうだろうか。
例えばニュースなどでやっている報道を見て、その事件には様々な面があるのに、一面だけを見て判断してはいないだろうか。その際、他の一面を見ている人と話せば、同じ事件のことを話しているのに全く違う意見を持っていることに気付くかもしれない。
だが、すべてを知るということは不可能に近いだろう。このお産に関しても、自分の身近なお産くらいしか詳しく知ることはできないだろう。だから、一面だけを見てすべてを知っている気になってはいけないし、知れないからといって知ることをあきらめてはいけないだろう。お産を詳しく調べず知らないまま臨み怖い思いをしたからこそこの本を書くに至った著者も、知らないからこそ自分の足で現地に行き、その土地や人をじっくり見て調べて感じることで、また他の一面を吸収することができたのだ。知らない、ということはかなり怖いことであるが、それを意識して少しでも知ろうとすることに価値があるのではないだろうか。

そういった意味で、この本には気付かされるものが多い。お産に関して読むのも面白いと思うが、お産だけではなく文章の端々にあるこういったことに注目して読むのも良い。

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感想投稿日 : 2015年9月19日
本棚登録日 : 2015年9月19日

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