春になったら莓を摘みに (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2006年2月28日発売)
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著者が学生時代に英国へ留学した先で出会った人々やそこでの交流、感じたことを綴った初エッセイ。

梨木香歩さんの作品は好きで何冊も読んでいます。フィクションからも感じ取れるのですが、鋭い観察眼や落ち着きある文体は、このような常日頃からの視点や海外での経験があったからなんだと腑に落ちるようなエピソードが多く描かれていました。

梨木さんの留学先であるウェスト夫人がきりもりする下宿所。ここには様々な国籍の学生たちが異なるルーツ・文化・思想を抱えてやってきます。
いわゆる“違う者同士”が集まる一つ屋根の下で、ウェスト夫人は彼らを等身大で受け入れ接します。来る者を拒まず、去る者を追わず。一人一人を気に掛けながらも適度な距離をたもつウェスト夫人の人との接し方や振る舞い、さりげない気遣い、優しさとユーモアを併せ持つおおらかさは読者としても気持ちの良いものだし感心することばかりです。そんなウェスト夫人と、彼女のもとに立ち寄り去って行った多くの下宿者たちの様子を、梨木さんは大局的に、鋭くも優しい眼差しで切り取っていきます。

全てを捨てて犯罪者である恋人の背中を追ったジョー、気さくに交流していた日々が一変し一国の王となったアダ、一夜にして町中の嫌われ者となったベティなど。ウェスト夫人はそんな彼らを前に困ったり、傷ついたり、不快に感じたりしますが、「理解はできないが受け容れる」姿勢を崩しません。彼らの考えをまるっと受け容れ寄り添います。

全体を通して感じたのは「違い」。
親友でも、恋人でも、家族だとしても、自分自身とは違う人間です。自分には自分のルールがあるように、他人には他人のルールがあります。会話によって埋まる溝もあれば、歩み寄りの域をとうに越えた深い深い溝もあります。深い深い溝に対峙したときにどう対処するか。このエッセイにはそのヒントが書かれていました。

狭い世界でも広い世界でも、ギスギスとした緊張が続く毎日。自身と相容れない思想に対し壁をつくり、反発し、敵視し、ついには排除しようと躍起になるのは簡単ですが、「なぜ?」という疑問を常に抱えながら一度立ち止まる冷静な姿勢が、今後ますます必要な世の中になってくるように思います。
柔らかなタイトルと留学先の日常という舞台に反し、深く考えさせられる内容が詰まっていました。

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「世界は、相変わらず迷走を続け、そして私もその中にいる。」
「理解はできないが受け容れる。ということを、観念上だけのものにしない、ということ。」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学(エッセイ)
感想投稿日 : 2017年9月15日
読了日 : 2017年9月10日
本棚登録日 : 2016年2月14日

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