レビュー by sayさん
講演をまとめたものだけあって
話し言葉で柔らかく、笑いもあって読みやすい。
理数学者が国語の重要性を説くというのも面白いし
ところどころそれはどうだろう、という部分もありはしたが、概ね同意である。
特に明治以降日本が堕落し、武士道が失われつつあることで退廃に向かっているというのは
予てから自分も考えていたことである。
当時はベストセラーとして大流行したために敬遠して自分は読まなかったが
そんなに多くの人間が読んだのであれば、もうちょっと今の日本が良い方に変わっていても良いような気がするが…
先進国は荒廃するという論は、滅茶苦茶なようでいて納得がいく。
家庭、教育、犯罪、環境、すべてが崩壊していく。
アメリカでおきたことが数年後日本で起きるとはよく言われるが、ならばどうして防げないものか。
高かったはずの日本人の数学のレベルが
ゆとり教育の弊害でさがっているというのも非常に恐ろしい話だ。
パリ講話会議で日本の人種平等法案否決され
植民地=文明の神聖なる使命
という白人主義で植民地化を正当化していくことについて、改めて考えさせられる。
英語よりまず国語が大事というのは全くそのとおりなのだが、中々今の社会では
『国際化』という耳障りの良い言葉で誤魔化されてまだ日本語をしゃべれない赤子のうちから英語を学ばせようという動きまで出ており大変気味が悪い。
確かに、植民地に近い仕打ちを受けた敗戦国が喜々として相手の母国語を学ぼうというのは、随分とプライドのない話である。
自分も会津を初めて訪れた折り
『ならぬものはなりませぬ』という言葉に衝撃を受けたので
筆者の言いたいことは非常によくわかる。
以前戦争は何故いけないのか
そもそも何故人を殺してはいけないのか
ということを友人と論じていた時に感じた違和感が、この本を読んで何かわかった。
相手は理屈で、自分は感情で「駄目だから駄目」と論じていたのである。
重要なことは押しつけろというのも
昨今の自由や個性を愛する似非人権擁護派には目くじらをたてられそうな内容。
だが「反発したり新しい価値観を見出だすにもまず基準がいる」というのは確かにそうだし
多少理不尽でもこれが正しい、と押しつけてくる『父親』が古来の日本には存在したと思う。
パン泥棒のたとえはとてもわかりやすかった。
論理といっても出発点が違えば結果は違う。
出発点は飽く迄も仮定であって
何が正しいか選ぶのは情緒力なのである。
最初に間違えば間違いっぱなしで結果に至ってしまい
論理はただの自己正当化に終わってしまう。
確かにそのとおりだと思わされた。
風が吹けば桶屋が儲かるというのも、
論理的にはあってるが数学的にはありえない確率であるというのも納得。
長い論理は危険だが、
短い論理は深みがない。
いじめは駄目。→みんな仲良く。
論理的で正しい様に見えるが、だからといって仲良くできるならば苦労はしない。
カウンセラーを置いて対症療法をするのではなく
武士道精神にのっとり卑怯を教えればいい
というのも納得してしまった。
だが確かに残念ながら、国民に受けないようだ。欧米かぶれなのだろうか。
いじめられてる側に理由があって、だから制裁していい、が論理
とにかく駄目だから駄目だ、が卑怯を教えるということ。
果たしてどちらが正しいのか。
民主主義=主権在民
世論=マスコミ
単にマスコミが権力になっているだけ。
ここ数年まざまざと見せ付けられた苦い事実である。
まったくそのとおりだ。
情緒と形。
愛は家族郷土、祖国、人類の順。
このあたりもまったく同意見である。
愛国心という言葉には美醜が入り交じっているからうまく受け入れられないのもあるだろうが
藩がなくなってしまい核家族化して
家族や郷土へ愛情を持っていない人間に
いきなり国という大きなところから愛を持てと説いても
伝わらないのは当然のことである。
登録日 : 2011年08月26日 12:31:21
引用
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文明は着実に進歩しても、文化は退歩することがある
― 15ページ -
自由の強調は「身勝手の助長」にしかつながらなかった
― 66ページ

