山椒魚戦争 (岩波文庫)

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制作 : Karel Capek  栗栖 継 
iamgolgo13or007さん 小説   読み終わった 

 今度の選挙は小泉首相の圧勝というかたちで終わったけど、与党が衆議院の三分の二以上を占めたっていうのはちょっとおどろきだったわね。この日わたしは天神の本屋さんでこの一冊の岩波文庫を買ったんです。なぜかっていうとちょうど選挙の日だったから。そして、自民党が圧勝しそうな予感をしてたから、かな。
 だいたいカレル・チャペックって人、知ってた? チェコの作家なのね。で、この本は一九三五年に書かれたもので、日本語訳になったのは一九七〇年で早川書房から出されたんだって。そして一九七四年に早川新書から再刊され、この岩波文庫版は一九七八年に出版されている。そんな古い本を今さら紹介することもないだろうと言われるかもしれないけど、歴史的な選挙の日なんだから意味があると思うからいいでしょ。
 訳者はどの訳も栗栖継という人。この栗栖継って人は生きてればたぶん九十五歳くらいになるみたいで、去年くらいまでは確かに講演なんかしてた痕跡はあるからきっと生きているんだろうと思うけど、最初のエスペランチストなんだって。それで戦後になってチェコ語を体得してチェコ文学研究家になったとか、けっこうすごい人みたい。わざわざ訳者を紹介したのは岩波文庫なんだけど訳がすっごく読みやすいのよ。ま、元は早川書房だからあたりまえかもしれないけど。
 ところで、早川書房といえばSF小説が看板の出版社ね。そしてその名に恥じず、この『山椒魚戦争』も立派なSF小説なんだわ。しかもめっちゃ面白いのね。どんな話かっていうと、一人の船長が東南アジアのある入江でかしこい山椒魚を見つけるの。そして山椒魚に真珠を取らせて一儲けしようとある社長に掛け合って、まあ、商談が成立する。で、この山椒魚を繁殖させて労働力として使い、ビジネスは一応成功するんだけど、この山椒魚たちはやがて言葉を覚え、さらに教育を受けることによって人間並みの知性を持つようになり、やがて人間をはるかに上まわるほど数が増えたあげく、ついに人間と戦争をして世界を制覇する、っていう話なの。
 あらすじを言っちゃえばもともこもないけど、チャペックという作家のひとつのテーマが人類は自ら生み出したものによって滅ぼされるというのを持っているのね。そうしたテーマにもとづいた作品の集大成みたいなのがこの小説なんだ。問題は人間が生み出したものって何かっていうこと。最初にこのテーマで書いた小説は人間がロボットに滅ぼされるという設定の話なんだけど、『山椒魚戦争』では人間がその欲望のために繁殖させた山椒魚っていうこと。
 そんな中で、人間に戦争を仕掛けたときに宣戦布告するチーフ・サラマンダー(山椒魚総統)というのが出てくる。こいつは「大征服者、技術者で軍人、山椒魚のジンギス・カン、大陸の破壊者なんだ。すごい人物だよ。」と紹介されるんだけど、作者自身の自問自答の中で事実が明らかになるのよ。

「……ほんとうに、山椒魚なのかね?」
「……ちがう。チーフ・サラマンダーは、人間なんだ。本名は、アンドレアス・シュルツェといってね。第一次世界大戦当時は、曹長だったんだよ。」
「道理で!」

というくだりなのね。つまり、チーフ・サラマンダーってのはアドルフ・ヒトラーを想像させるでしょ。だから、増殖する山椒魚はナチズムのことかもしれないし、広い意味での全体主義のことかもしれないの。こんなことを書いたせいでチャペックはナチにかなりにらまれたのね。結局追いつめられて寿命を縮めたみたいなんだけど、そのくらい風刺には毒があるのよ。けっこう思想的にも深いと言えるかも。
 でも、この小説のおもしろさってそんな教訓じゃなくって、「いかにも」って感じで実話を集めたみたいな手法で構成ができていること。だからかなりリアルに話が進むの。船長と社長を取り持った社長宅の門番が実は主人公というか、狂言回しみたいな役なんだけれど、彼は自分が船長を社長に「自分の意志」で取り次いだことが、この破滅の始まりだって思い込んで行くんだけど、彼が集めた資料で山椒魚の文明史が説明されていくのね。これがめっちゃおかしい。日本語の資料も出てくるけど、これがチョーおかしい。ここで紹介できないのが残念だけど、自分で買って見てごらんなさいな、笑っちゃうから。しかもね、最初に山椒魚が攻撃したらしいのはルイジアナを襲った地震と豪雨によるニューオリンズの水害なんだ。あのハリケーンを思い出しちゃった。七十年後をマジ予想的中させたSFかも。
 で、この小説のテーマは人間は人間の生み出したものによって滅びるってことだから、環境問題とか、IT化とか、なぞらえるものはナチズムやファシズムばかりじゃないのよね。それぞれの人にそれぞれの読み方もできると思うから、まずは読んでみて。

★★★★ たまには旧作の紹介もいいでしょう。この小説を読んで胸に手をあてればいろいろ反省する人は多いんじゃないかな。
『PLUTO』よりもっと思想的に深いし、エンターテイメントとしてもいけてる。全然古くないのね。

レビュー投稿日
2010年4月5日
読了日
2010年4月5日
本棚登録日
2010年4月5日
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