戦争論 (岩波新書)

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著者 : 多木浩二
iamgolgo13or007さん 政治   読み終わった 

 『戦争論』というクラウゼヴィッツの向こうを張るような題名だけどきちんとクラウゼヴィッツの名著を読み込みその歴史的限界をわかりやすく指摘するところから始まるところは『戦争論』としてはきちんとした議論をしている。しかも新書という性格からわかりやすくなっている。わかりやすさだけを追求して国家と民族にしがみついたところからしか発想できずに「公か私か」なんて脅しをかけてくるような同名書とは比較にならない。
 二〇世紀は戦争の世紀だっていうけど、それらの戦争の本質を分析していってクラウゼヴィッツを超えたところに本書の価値はあるみたいだ。まずは近代の戦争の特長を分析した上で各論に入っている。もちろん日本がなぜ戦争をしてきたのかについて近代日本という国家が軍隊をモデルとした軍隊国家として誕生したという説明をしている。平和教育が形骸化したのはどこかに戦争そのものを見つめる視点がなかったからではないだろうか。おのれの国家と民族の利害を通じてしか戦争と平和を考えてこなかったから加害者か被害者かという立場性でしか侵略も原爆も説明されていないのではないか。歴史を哲学の目で再検討することで著者はするどく問題提起をしてくる。
 次いでナチスのホロコーストの意味、さらに戦後の冷戦からその崩壊後に訪れたいくつかの内戦の問題に触れていく。例えばルワンダにおけるツチ族とフツ族の内戦は実は植民地時代にヨーロッパが持ち込んだいかがわしい人種主義によるものだったと分析する。多木氏によれば「人種主義とは植民者のイデオロギーによる民族の歴史の捏造であり政治化である」という。これは日本についても言えることでマンガの『戦争論』はまさしくこの捏造そのものだと思ってしまう。
 旧ユーゴスラビアの内戦はその悲惨さにおいて新しい近代戦争の典型を示すものだろうが、その内戦のさなかに『サラエウォ旅行案内』という冊子が発行されたという。その皮肉な表題のみならず、内容も皮肉に満ちているようなのだが、その『サラエウォ旅行案内』は民族主義からもナショナリズムから完全に逃れており、そこに希望が見いだされるのだという。そこから著者が得た教訓は「権力の言説にはまらないこと」であり、「それを超えて希望を見いだす言説を創造することがいっそう必要」なのだということである。
 今のわれわれが問われているのもそういう言説の創造ではないだろうか。


☆☆☆☆ 平和教育を見直していくには必読!

レビュー投稿日
2010年4月5日
読了日
2010年4月5日
本棚登録日
2010年4月5日
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