ブラックジャックによろしく(1) (モーニング KC)

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著者 : 佐藤秀峰
iamgolgo13or007さん 人権   読み終わった 

 『ブラックジャック』というのは今は亡き手塚治虫氏の名作で、大金で神業の手術を請け負う無免許医が主人公の話であった。それなりに人間の命みたいなものがテーマであたいも好きな作品だから全部持ってる。だけどその破天荒な設定から、現実離れしたマンガの世界として奇想天外な話が展開する。
 ところでその名作をタイトルに盛り込んだ本書もやはり医学の世界に題材をとった作品なのだ。まあ、結構ヒットして昨年はテレビドラマ化されたから知っている人も多いと思う。実はあたいもこのドラマを見て、本を買う気になったのよ。けっこうミーハーなのかもね。
 本書はマンガっちうより劇画だね。主人公は斉藤英二郎という研修医だ。研修医というのは国家試験を受けて医師免許をとったあと指導医のもとで臨床研修を受けている医師をいう。医師免許は持っているものの実地経験はなく、初めて医療の現場を体験することになるのだ。もちろん医師なのだから医療行為に直接携わることになるし、病院にとっては貴重な労働力でもあるし、かなりハードな(研修という名の)労働を強いられるし、その対価の賃金もきわめて低い(本書中では三万八千円と示されている)。だからアルバイトをせざるを得ないし(これは高い!)、もっとも今年(二〇〇四年四月)からだいぶ改善されたとは聞いているけど(研修の義務化、適正な給与支給とアルバイト禁止など)。
 制度的なことはともかく、研修医として、またアルバイト医師として医療現場で主人公斉藤英二郎が初めて人間の生き死にと出会い、それに向き合う様々な医師の所為をまのあたりにして、葛藤する姿を描いたのがこの作品だ。題名の「ブラックジャック」が手塚の『ブラックジャック』のことであるが、それは医師の心を指し示している。手塚の『ブラックジャック』は無免許医という医師にあらざる医師が医師である医師の倫理を批判していくことで人間の命や生き方を問い詰めているのであるが、本作品はそうした手塚の『ブラックジャック』に描かれた医師の目指すべき心を追い求めるがゆえにぶつかってしまう現実の医療の矛盾を描こうとしているのだ。
 そう教育の現場でも言うではないか、「理想と現実はちがう」と。それですよ。
 「人間の命のたいせつさ」については誰でも言うし、「同和」教育でもキーワードになっているんじゃないかな。しかし、それはただ「命はたいせつです」とお題目を唱えているのにすぎない。人権作文には「命はたいせつでぇす」とかなんとか書きながらお友だちナイフを突きつけたり、シカトして死にたくなるまで追い詰めたりすることはよくあることでしょ。
 問題は生と死が具体的に自分の問題として体験していないことにあるんじゃないかな。手塚版『ブラックジャック』は言うならばフィクションの中の理念としての「いのちのたいせつさ」なんだろうね。そして、現実の医師はもっと割り切れない生と死の現場に出会うんじゃないかな。そして子どもたちも(教師たちも)ほんとうは現実の割り切れない生と死の問題に直面してみる必要があるんじゃないかな。まぁ、マンガの中でいいからさ。このマンガは研修医(まさに現実に人の生き死にと初めて出会う人間、つまりキミの分身さ)の眼を通してそういう現実と向き合わせてくれる。
 研修医の話だから、いろんな科を回って行くことで話は展開する。とりあえず、今刊行されているところまではどういうふうになっているかを見てみようか。
 第1巻 第一外科編   第2巻 循環器内科編
 第3巻 ベビーER編① 第4巻 ベビーER編②
 第5巻 がん医療編①  第6巻 がん医療編②
 第7巻 がん医療編③  第8巻 がん医療編④
 第9巻 精神科編①
 まずは、外科という派手な世界から話が始まる。第1巻、第2巻ですでにこの主人公は安直に医師であることになりきれない自分を発見する。つまり、患者の死を自分の問題として受け止める存在として医療現場から締め出されかねないギリギリの存在に身を置くことになるのだ。第3巻、第4巻はベビーER、つまり小児科の緊急治療室に舞台が移る。まだ意見表明もできない赤ちゃんの命と人権が突きつけられる。そう、これは医療の現場に題材はとっているものの教育の問題なのだ。これを読んでいる教育関係者ならこの巻で問われている問題の議論に参加できるだろう。
 第5巻~第8巻はがん医療編だ。がん、つまりこの病は人間の命が神と医師によって弄ばれる領域だと言えるのではないか。このマンガでは例えば抗がん剤の投与をめぐってさまざまの事件が展開する。まさしく命について一通りの定式(「命は大切」とか)では解決できない問題が提示されているのだ。しかも、われわれはみなこの巻の中の登場人物である患者になる可能性を持っている。持っていると言うよりかなりの人間が生死にかかわらず体験させられるんじゃないかな。その時になって自分の人権とか生き方とか問うても慌てるだけ。今のうちに考えておこうよ。
 ここまで読んでくればかなり疲れるんだけど、七月に第9巻が出た。精神科編だ。ここでは精神科を取材する新聞記者が登場し、主人公とやりとりをする中で話が進む。この巻では「差別」という言葉が出てくる。そのことだけで読者諸氏は読んでみる価値があるだろう。

★★★★ これは医療現場の話ではなく、人間の尊厳をめぐる話だと考えていい。つまり、本書は教育現場の話なのだ。また、中学校の生徒たちなら道徳教育の教材に使えそう。「心のノート」や各種「人権読本」よりは生々しく人間の尊厳についてリアルな議論ができる。尤も医者にかかるのがちと怖くなるかもね。

レビュー投稿日
2010年4月4日
読了日
2010年4月4日
本棚登録日
2010年4月4日
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