非戦

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iamgolgo13or007さん 政治   読み終わった 

 昨年九月十一日の同時多発テロは米国の報復宣言のもとにアフガニスタンへの空爆が行われ、年末にはタリバーンを軍事的に叩き潰した。この間、アフガニスタンでは多くの罪のない人々が犠牲となった。当初は誤爆を非難する報道もあったがやがてそうした声は多くの犠牲者の数の前に問題にもされなくなっていったのである。
  テロルには報復といふ良識が無辜の民らを殺戮しゆく  休呆
 この歌が示唆するように無差別殺人は米国が言う良識の名のもとに確実に実行されていったのである。米軍の使用するまさに殺人のための工夫を凝らされた兵器が紹介されるたびにいったい誰がどういう罪で殺されなければならないのか私はわからなくなっていった。この戦争で手足を失った子どもがいる。その子の人生はまだ何十年もあるのに誰がその人生を責任をもって見届けるのか。ブッシュは自らのさして長くはない政治生命のために多くの人命と数え切れない人間の人生を台無しにしたのである。ブッシュという個人の問題ではない。そうした人類に対する犯罪に荷担したのはこの報復に賛成の手を挙げた無責任な人々すべてなのではないか。我々とてその罪からは逃れられない。戦争放棄を謳った憲法を持つ日本政府は実にさりげなく自衛隊の派遣の合意を獲得してしまった。小泉政権が圧倒的国民の支持を得ているという事実から考えればあの子どものこれからの長い人生をぐちゃぐちゃの絶望の中に放り込んだ責任はともに負うべきなのではないか。もしもあなたの子どもが理不尽にその手足をもぎとられたなら…と置き換えて考えてほしい。
 しかし、微かな実に微かな希望はある。満場一致で米国下院がこの報復を決議しようとしたときただ一人反対した人物がいた。バーバラ・リーという議員だ。今、この戦争を否とする勢力は米国の議会の中ではたったの一でしかない。日本の国内ではどうなのだろうか。世論がどこで測れるのかはわからないが、無差別テロへの憎しみは語られても米国の報復を否定する意見が多数派であるようには思えない。何しろ目の前で行われた理不尽なテロに憎しみを持つことは簡単である。しかし、憎しみを新たな殺戮に転化するのではなく、その憎しみを再生産しない努力こそがいま求められているのである。私たちの問題として言い換えるならば、私たちの実践してきた平和教育がどういう実績を重ね、どういう成果を挙げているかが問われているということである。果たして子どもたちはきっぱりとこの戦争を否定するように育っているのか。これは私たち教師の平和教育に対する厳しく的確な評価である。その結果は真摯に受け止めなければなるまい。
 それはともかく無差別テロへの報復を是とする風潮の中で勇気をもって戦争に《否》を唱えたのが本書である。監修の代表名になっている坂本龍一とはあのYMOの坂本龍一である。彼が国際政治の専門家でもなく芸能という業界人であるということは何の問題でもない。インターネットを通じて世界中から戦争を否定する意見が集まり、それをまとめたのがこの本だ。sustainability for peace(平和のための持続可能性)というのはそうした平和を希求することで意志一致した人々だということである。
 だからこの本には世界中から戦争を否定するいろんな人のメッセージが寄せられている。先述のバーバラ・リーの議会演説も入っている。坂本と同じ桜井和寿、大貫妙子、佐野元春、マドンナ、TAKUROといったミュージシャンもいる。だから芸能本の感覚で読みたければそれでもいい。アフガンで名を馳せた中村哲も書いているから。梁石日、重信メイ(重信房子の娘)なんかもいる。ガンジーやキング牧師のような故人の発言も採録されている。とにかくめいっぱい「戦争が答えではない」というメッセージを徹底的に伝えようとしている。理屈はどうでもいい。国家や民族や宗教といった大義があったとしても殺人はやっぱりやってはいけないことなのだ。そういうことに徹底した実にわかりやすい本だ。平和・反戦の原点がここにあると思う。

  ★★★★
 戦争の歴史ばかりが平和教育じゃない。いま起きている戦争こそが平和教育の教材だし、いまどういう選択ができるかが平和教育の目的なのだ。十年一日の無味無臭の平和教育をやってきた人間は必ず読むべし…ってか。

レビュー投稿日
2010年4月5日
読了日
2010年4月5日
本棚登録日
2010年4月5日
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