差別と戦争

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制作 : 松浦 勉  渡辺 かよ子 
iamgolgo13or007さん 教育学   読み終わった 

 平和教育であるとか、同和教育であるとか、はたまた昨今で言う人権教育のようなものが繰り返し、戦争の悲惨さ、平和のたいせつさ、いのちの尊さ、差別の不当さを子どもたちに教え込んできた。そして、その成果がはたして子どもたちに反映しているかというと甚だ心許無い。あの湾岸戦争に際して日本は参戦国であったにもかかわらず、「参戦」の是非についてよりほとんどの議論がいかなる「参戦」のしかたをすべきかというところに集中していた観があった。そして最近では旧ユーゴスラビアの内戦やルワンダにおけるツチ族とフツ族の内戦など局地的な民族間の殺しあいに対しても同情以上の堀下げが行われているようには見えないし、子どもたちに伝えられているようにも思えない。しかし、今あげたいくつかの例は不謹慎な表現をするけれど戦後の平和教育や同和教育の練習問題なのだと思う。ところが子どもたちはおろか、教師も、そしてそこに理論的な情報を提供すべき教育学研究者もろくな答案を書くことはできていないのではあるまいか。なかんずく教育史研究を含むところの歴史研究が積年語られてつづけてきた戦争と差別をめぐるある種の定説に呪縛されてきており、そのことが研究そのものの目を曇らせてきた、その結果が平和教育や同和教育、ひいては解放運動や反差別運動までを硬直化させているのではないだろうか。
 そんな思いを持ちながら本書をひもといてみた。本書は「あとがき」によれば、名古屋大学を退官したばかりの安川寿之輔氏と安川氏の埼玉大学時代及び名古屋大学時代のゼミナール参加者を中心に作られた「差別と戦争」研究会の共同研究の成果だという。著者たちは好まないだろうけれど、旧来の学界的表現で言えば安川門下生による退官記念出版とでもいうものである。それゆえに一番はじめに書かれている安川氏の発言は全体を通す論理を導く上で重要な意味があるようだ。
 それは差別と戦争についての常識の再確認であろうかと思う。まず「差別」について「差別とは、被差別者が、被差別者集団(ユダヤ人、アフリカ系アメリカ人、在日韓国・朝鮮人、被差別部落民、障害者、女性など)に所属しているただ一つの理由で、言いかえれば、被差別者個人に何の責任もない理由によって、蔑視や憎悪や排除(政治への参加、教育の機会、就職、居住、恋愛など、いろいろなレベルで)の対象とされることである。」(10頁)という説明である。被差別者集団への所属が蔑視や憎悪や排除の対象となることを差別というのだと安川氏は明確に断言しているのだが、その程度のことは差別の問題を考える人間ならばいまさら問われることでもなく自明のことだと思い込んでいるのかもしれない。しかし、この自明のことをほとんどの研究者のおごりは見落としているのではないだろうか。
 次いで安川氏は「戦争は、人間が敵の軍隊や敵の国民に所属しているという唯一の理由で、蔑視・憎悪・排除が殺人・殺戮にまで拡大することが合法化される点において、人間社会における最大の差別である。」(13頁)とする戦争観を呈示している。戦争を考えるときに差別との関係をどれだけの研究者がこのように持ち得ているかということも本書を通底する批判的視座である。
 本書は8名の執筆者により9章からなる構成をとっている。各章の構成と執筆者は以下の通りである。
序章  課題と分析視角
 一 近代社会と差別と戦争                    安川寿之輔
 二 「差別と戦争」めぐる研究の現状               松浦  勉
第1章 「同化」と「文明化」―矢内原忠雄の植民地教育論    佐藤 広美
第2章 アジア太平洋戦争と被差別部落
     ―全国水平社・松本治一郎の戦争協力とその論理      松浦  勉
第3章 十五年戦争期における廃娼運動と教育
―日本キリスト教婦人矯風会を中心に           田代美江子
第4章 日清戦争とアジア蔑視思想―日本近代史像の見直し      安川寿之輔
第5章 「脱亜入欧」を目指す近代日本のアジア観
―福沢諭吉の中国観を手掛かりにして           肖   朗
第6章 ドイツ啓蒙期にいたる教育概念をめぐる考察
     ―差別の視座から                    津田 純子
第7章 戦争と学生をめぐる教育交流史
     ―戦前期日米学生会議に関する考察            渡辺かよ子
第8章 日中全面戦争期の知識人とマスメディア
     ―『大阪朝日新聞』にみる大学教員の戦時経済論をめぐって 吉川卓治
第9章 アジア太平洋戦争と日本の教育学
     ―教育科学研究会・宮原誠一の「錬成」論の思想と構造   松浦  勉

 「あとがき」によれば第1章から第3章までが〈差別と戦争〉、第4章から第6章までが〈近代社会と差別〉、第7章から第9章が〈戦争と教育〉を主題とした論考ということである。
 第1章から第3章は書名とそのものである〈差別と戦争〉を主題としている論考からなり、その意味で本書の中核をなす部分であるようである。ここでは矢内原忠雄、松本冶一郎(水平運動)、そして日本キリスト教婦人矯風会といった戦後的価値観の中で植民地教育政策批判者、部落解放運動、そして廃娼運動といった人間の解放を目指したはずの、また現在も「目指した」と評価されている人々の戦争責任について論じている。まず彼ら/彼女らが戦争に対して重大な責任があるということ、そしてそれは戦時体制という特殊な時代の中で起きたやむをえないことであったと「免責」せず、あえて彼ら/彼女らの思想が時代によってゆがめられたのではなく、思想自体に差別的な論理構造が内在していたことを明らかにしている。
 第4章から第6章の〈近代社会と差別〉を論じた各章のうち第4章と第5章では福沢諭吉の思想を再検討することでそれぞれ日本の近代史像及びアジア侵略の思想の生成過程を析出している。また、第6章はドイツ近代教育学の基本概念について、差別の視座から検討している論考である。確かにドイツ近代教育学は「日本の教育に少なからぬ影響を与えた」(235頁)とはいえ、本書全体が日本を対象としていることもあってやや異質な論文であろうかと思う。第7章から第9章は〈戦争と教育〉を主題の下に戦前期日米学生会議、マスメディアに書かれた大学教員の言説、そして宮原誠一の「錬成」論の分析を行なった論考である。第8章、第9章が第3章までの諸論考と同様に知識人の戦争責任に言及するものであるのに対し、第7章は日米学生会議という学生による国際交流の実態を解明しようとしたもので全体とは論調を異にしているように思える。
 以上がおおまかな本書の概略であるが、共同研究とはいえ本書は基本的に8名の研究者による9本の論文集であり、各章ごとに論文として完結している。それゆえそれぞれの論文についてのコメントは紙数を要することでもあるし論点が散漫となるので避けることにして、本書の提起している問題について考えてみたい。本書を通底している方法的な視座は「教員・教育学者たちの戦争への加担=罪責の事実と論理を究明する」点にある。第6章と第7章を除く全ての論文は戦後において一定の肯定的評価がなされている人物や組織を対象としてその戦争責任を追求する姿勢で貫かれている。歴史的に犯したあやまちは歴史的な意味を持っていたのだ、というあたりまえのことを本書は問題提起している。そして、それらの事例を見ていくと共通して浮かび上がってくるのはナショナリズムである。本書で扱われている誰もが素朴に内面化されていたナショナリズムを克服できず、それがために道を誤っている。例えば解放の父、松本冶一郎にして「民族協和」論というナショナリズムが侵略戦争に協力せしめたのであり、同時にそれは彼の部落解放思想の重要な部分を占めていたのかもしれない。昨今の自由主義史観なるものがいくばくかの共感者を得ているのも彼らの訴えかけるところが「健全な」ナショナリズムであることが大きいからである。なんとなれば素朴なナショナリズムはオリンピックやワールドカップであがる日の丸に感動するレベルで日本国民にとって自分の問題となるからである。そこに冒頭に書いた練習問題を解く糸口があるのだと思う。
 同時に、研究にかかわる人間の側にしてみれば戦後のある種の権威とタブーを恐れて(畏れて?)研究のメスを鈍らせてはならないことを痛感する。第4章において福沢の思想性に対する同時代人の批判をあげてその侵略思想の構造を指し示した安川氏が「筆者の福沢研究を、福沢の生きた時代に内在化することを怠り、戦後民主主義の目線(思想)で福沢を裁断・断罪する類の研究であると指弾してきた寝惚けた研究者たちは、こうした福沢の同時代人の証言に勝手に目を閉ざしてきたのである」(172頁)とかつて氏の浴びせられた冷ややかな非難に反駁する。その「寝惚けた研究者たち」の感性は現在も研究や教育、そして運動の場に根強く残っていると思うし、それがそれぞれの場の形骸化を産み出しているのではないかという警鐘として受け取りたい。

【余談】
 ところで、ここからあとは余談になるが、本書の提起しているもう一つの論争に関して少々紙数を費やしたい。それは序論及び第9章において編者の松浦氏が繰り返し論じているように本書のこの視座を提示するに際して、寺崎昌男・戦時下教育研究会編『総力戦体制と教育―皇国民「錬成」の理念と実践』及び民間教育史料研究会編『教育科学の誕生―教育科学研究会史』に対する反発があることについてである。
 あえて反発と書いたのは、松浦氏が「一九八〇年代にはいると、とりわけ戦争責任の視座を与件とする②の課題にとりくむこと自体が、『思想の裁判・糾弾史』、『戦後民主主義の立場にたって戦時下教育を裁断する』ものとして指弾・忌避されるようになった」(29頁)と戦時下研によって安川寿之輔らの研究が非難されているかのように記していることによる(「②の課題」とは〈戦争と人間形成〉の課題であり、そこには山中恒、長浜功、安川寿之輔らの業績を挙げている)。こうした叙述は先述の安川氏による「寝惚けた研究者たち」への批判と重なる主張にもなりそうに見える。
 ところが引用されている箇所〈はしがき〉で執筆者の寺崎昌男は山中の仕事を「自らの『少国民体験』の歴史的意味を厖大な資料的裏付けによって解き明かそうとした」と評価し、さらに「八〇年代にかけては、長浜功氏による戦時下の教師、教育学者の戦争責任に関する告発的な歴史分析も発表されつつある。そして、最近においては、戦時下の日本の教育を本格的に記述することなしには日本近代教育史を完結させることはできないという認識が、教育史学者の間に共有されつつある。このような認識の一つの成果として、例えば安川寿之輔氏による十五年戦争下の教育についての概説書などをあげることができよう」(『総力戦体制と教育』〈はしがき〉)と高い評価をしているのであり、長浜氏が告発的であることを論難したわけでもない。寺崎氏が「戦後民主主義の立場にたって戦時下教育を裁断する」と指摘したのは「一九五〇年代後半から、すでに戦時下の教育については、これを批判・克服の対象としてとらえる歴史叙述がなされ、六〇年代以降に出版された通史類においても同様であった」という記述にある部分であって松浦氏が受けとめたのは単純な誤読か勘違いであると言えよう。
 とはいえ、民間教育史料研究会や戦時下教育研究会の研究視座が戦争責任の追及を直接的に行なっているものでもないわけであるから、松浦氏らによる批判が期待されるのは当然のことである。戦時下研及び『総力戦体制と教育』に対する批判は第9章で展開されている。おそらくは同書に対する数少ない「真正面からの批判」(347頁)なのだろう。僕自身は戦時下研に与するわけではないし、その批判についてどうこうする立場にもないが、このような程度の勘違いで戦時下研の批判をしているのは一抹の不安を禁じえない。そして、松浦氏の戦時下研、民間史料研への批判は先述の寺崎氏へのものを除けば両研究会にかかわっている清水康幸氏の文章を牽いての批判が中心となっている。その意味で名指しで批判されている清水康幸氏の反論を期待したい。

レビュー投稿日
2010年4月5日
読了日
2010年4月5日
本棚登録日
2010年4月5日
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