わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか

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著者 : 多田富雄
iamgolgo13or007さん 人権   読み終わった 

 今、君は元気かな。そして、いつまで元気かな。今は自分の健康に自信を持っているのかもしれないが、いつ何が起きるのかわからないのが人生というものだ。突然病気や怪我に襲われて、障害を負ってしまうということは誰にでも起こりうることなのだな。
 本書の著者の多田富雄氏は免疫学の世界的権威で、一九七一年に国際免疫学会で報告した「サプレッサーT細胞」の発見はノーベル賞級の研究と注目されたのだそうだ(本書の腰巻にある著者紹介による)。この偉大な免疫学者があろうことか二〇〇一年五月に旅先で脳梗塞の発作に襲われたのだ。まだまだ若い六十七歳だった。脳梗塞というのは「脳血栓または脳塞栓の結果、脳血管の一部が閉塞し、その支配域の脳実質が壊死・軟化に至る陥る疾患」(『広辞苑』第五版)なんだそうな。まあ、脳のどっかが詰まる病気だな。ご承知のように身体の麻痺をはじめいろいろな後遺症をもたらす病気である。突然、襲って来るので、こいつに当たったらそれまで健康自慢だった人も障害者とならざるを得ないのだ。嗚呼運命の過酷なることよ。神の意思の気まぐれなることよ。
 ともかく、不幸なことに多田氏は脳梗塞に当たってしまった。そして、右半身麻痺、重度の嚥下障害(呑み込みにくい)及び構音障害(喋りにくい)を後遺症として引き受けてしまったのだ。この状態になったらどうすればいいのか。そう、リハビリをするしかない。リハビリによって身体能力の回復をはかるのだ。リハビリというのはリハビリなんだから、即効果があるわけではない。麻痺が完全にとれるかというとそんなに簡単ではない。気長に続けることが何よりだし、これで完治するほど脳梗塞の障害は甘いものではない。少なくともリハビリを続けることで症状の悪化は防げるのだが、悪化を防ぐだけでも高齢者になればたいへんなことなのだ。
 多田氏も理学療法士と言語聴覚士について毎週二回のリハビリを続けたそうな。ところが、二〇〇六年三月(発症から五年経ってる)診療報酬の改定が行われて公的医療保険で受けられるリハビリは発症から九〇~一八〇日までしか受けられないという上限を設けたのである。信じられないだろう。五年経ったって完治しないものを一八〇日までしか認めないというのだ。少なくともリハビリを受けなくては生きていくことがたいへんになるにもかかわらずだ。改善の見込みのない慢性疾患にはリハビリは認めないというのが意味のわからないところだ。慢性疾患というのはなかなか治らないということだ。そういう病気にかかったら治療はやめてしまえ、というのが、この診療報酬改定の意味するところなのだ。やめたらどうなるか。多田氏は三週間ほどリハビリを休んだら、五十メートルばかり歩けたのが、立つのも難しくなったというのである。つまり、衰えて寝たきりになり、死期を早めることになるのである。そうして亡くなったのが社会学者で歌人の鶴見和子さんだ。鶴見和子さんは一九九五年に脳出血で左半身麻痺となったが、十年以上リハビリを続けながら執筆活動をしてきた。それはそれは驚くべき知的エネルギーだ。その彼女がリハビリを打ち切られるやたちどころに寝たきりとなり、その年の夏に亡くなったのだ。彼女を死に至らしめたのは誰か。診療報酬改定に他ならない。公害研究の第一人者宇井純氏もリハビリを打ち切られてまもなく亡くなった。彼らは著名人であるからその死を惜しむ声が少なくともこのように活字で残る。しかし、膨大な数の患者がリハビリを受けられなくなって亡くなっていることはまちがいない。
 どうしてこういうことが起きたのか。医療費を減らしたい一心で無駄なものは削減しようという小泉路線の中で起きたことなのだ。それを新自由主義という。新自由主義者によれば長引くリハビリは無駄なものであり、そのような病を抱えている人間は無駄な人間なのだ。後期高齢者なる老人も無駄な人々であり、障害者、年金受給者など彼らにとって足手まといなものはすべて無駄な人間であり、それらの人間はできれば消えて欲しいというのが小泉後の日本の一連の政策なのである。そして、その意味するところは合法的殺人なのである。
 多田氏は不自由な身体でパソコンに向かい、この非道なる政策を告発し続けてきている。本書はそうした多田氏の闘いのメッセージが詰まっている。繰り返すが、これは一部の運の悪い人の話ではない。明日は我が身の話なのである。そして命というまさに人権問題がここにはあるのである。
 鶴見和子氏は歌人でもあった。

ねたきりの予兆なるかなベッドよりおきあがることのできずなりたり   鶴見和子

☆☆☆☆ 基本的人権の保障された国、日本。だからこの国がそこそこ好きだったのに、小泉の頃からこの国は人間に冷たい国家へとどんどん変わっていってる。一方で、それでもこの国を愛するようにという教育だけは推し進められている。

此の国の弱き病者は国の為かそけきいのちはよすてたまへ   休呆

国民の命の値段に差がつきぬ二〇〇六年春は悲しも

レビュー投稿日
2010年4月4日
読了日
2010年4月4日
本棚登録日
2010年4月4日
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