天皇制国家主義教育から平和教育へ―梶村晃著作集〈1〉 (梶村晃著作集 1)

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著者 : 梶村晃
iamgolgo13or007さん 教育   読み終わった 

 人間であることを保障しているのが人権ならば、人間のいのちを奪うことはもっとも基本的なかつ重大な人権侵害であろう。その意味では戦争は人権侵害の典型であり、あらゆる人権侵害は戦争の中に含み込まれているのだ。そのことを私たち(日本人!)が知ったのはあの戦争に負けたときであった。その時の挫折感、失望感を多くの帝国臣民は痛烈に感じたはずである。やがて敗戦の事実と戦争のむごさが現実のものとして認識されるにつれ、臣民を育て、兵士として戦地に送りつづけてきた教師たちは己の罪業を悔いることになる。彼らの育てた教え子たちは教えに従い、人を殺し、自らもまた戦死していったのであるから。
 「教え子を再び戦場に送るな」という言葉があるのを知っているだろうか。この読者の中にも福教組の組合員は(数多く)いるだろうと思う。教組の大きな集会には必ずこのスローガンが掲げられている。それはただ思いつきで出てきたスローガンではない。教え子を戦場に送り続けてきた教師たちのぬぐってもぬぐいきれない深い罪の自覚から生み出されたものであることを私たちはあらためて知っておかなくてはならないのだ。例えばもと日教組委員長の槇枝元文さんは復員後戦死した教え子の家をまわったそうで、その時に母親からわが子はあなたに戦場に行くようすすめられて死んだのだと言われたという(本書一六四頁)。このスローガンが生まれる背景にはこのような戦争をくぐった教師たちの慚愧の念が込められているのだ。軽々に反戦を謳っている言葉ではないのだ。
 ところが先般ある集会でこの言葉が大きな誤植を残したままに掲げられており、かつ誰もそれに気づいていないという場面に出会った。誤植をしてしまった組合員を責めるるつもりはない。現在の組合員はみな戦争というものを知らない。何しろ戦後六十年が経っているのだから、戦争を幼児体験として知る人間ですらみなリタイアしているからやむを得ないことだと思う。問題は「教え子を再び戦場に送るな」という言葉に込められた意味をきちんと後世に伝えていかなければならないということである。
 本書の著者の梶村さんは元福教組の執行委員長である。梶村さんは一九三二年生まれ。一三歳で終戦を迎えた。つまり、少国民として戦争を体験している世代の方だ。裏表紙に著者二歳の写真が掲載されているが、それは単なるノスタルジーで載せているのではない。自らの戦時下体験の証として呈示したものだ。ややもすれば戦場に送られかねない自分自身をこの写真に見ているのである。
 そして梶村さんは戦後の教組運動と共に生きてきた人物でもある。一九九二年に福教組執行委員長を退任して、九州・沖縄平和教育研究所の創設にかかわり、現在その代表を務めているとのこと。本書はそういう梶村さんが主として平和教育について書いてきた文書をまとめたものである。
 本書は七〇~八〇年代の文章も二、三あるが、多くは一九九〇年代に書かれたものであり、著者が福教組執行委員長を退任して、九州・沖縄平和教育研究所にかかわってからものである。ということは本書は「教え子を再び戦場に送るな」という言葉の意味をまさに後世に伝えようという趣旨で編まれたものと考えていいだろう。そのことだけで戦争を知らない教師たちはこの本を読む意味があるのではないだろうか。
 本書の中で梶村さんが言い続けているのは平和教育のためには近現代史の教育をしっかりやれ、ということだ。これは本書を通じての熱いメッセージだ。近現代史を学ぶということはこの国について知るということであり、戦争について知るということだ。そうした
通すと、戦後の平和教育が何を目指してきたのかがよくわかる。
 それと本書の中には戦後の平和教育の歩みもまた、梶村さんの体験とそれを裏づける資料によって記述されている。本書自体が平和教育の現代史だと言っていい。前述の「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンの生まれた経緯とその意味。八月六日の平和授業の意義。建国記念日の役割と平和教育など、福教組の運動が培ってきた平和教育の理念が、ていねいに叙述されている。梶村さん自身が優れた現代史研究家なのだ。これはひとつの驚きであった。ただの活動家ではない、常に同時代史の中で自分の闘いを位置づけてきた人だけが持つことのできる慧眼が本書にはぎっしり詰まっているのだ。
 福教組執行委員長を退任して十四年、七〇代半ばとなる梶村さんは明らかに旧世代に属する人物だ。しかし、今、梶村さんのメッセージを読ませてもらうと、その理念がまったく古びてはいないことに愕然とする。むしろ新しさすら感じるのは現在の平和と人権をめぐる教育運動が形骸化していることの証ではないだろうか。「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンを書きまちがえてしまうわれわれの歴史認識と教育実践や運動への姿勢が問われているのであると思わざるを得ない。
 なお、本書は「梶村晃著作集1」とあるから、まだまだ続刊が出るのだろう。それが楽しみでならない。

レビュー投稿日
2010年4月3日
読了日
2010年4月3日
本棚登録日
2010年4月3日
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