三国志 02 桃園の巻

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  • 2013年10月22日発売
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感想 : 22
4

吉川英治版 三国志 桃園の巻


「とことん三国志」企画も、これやっとで3シリーズが並立してスタート。
最も遅い開始設定は劉備を主役にする吉川英治版で、
この桃園の巻の黄巾の乱から物語が始まる。


3つのシリーズを「天・地・人」で表現すると
人の視点から、登場人物のドラマや心情を描写する吉川英治版
地の視点から、歴史のうねりを政局の変遷で語る宮城谷版
漫画らしく、天の視点から、人間の業や欲を描く蒼天航路
と、それぞれの特長が開巻から、遺憾なく発揮されている。


人間ドラマに重きを置く吉川英治版は、徹底して劉備の立身出世物語になる。
劉備が関羽と張飛と出逢い、桃園の誓いをし、黄巾の乱に参戦するまでが長い。
その分、3シリーズの中では、黄巾の乱の描写が最も詳しい。


吉川英治版を理解するには儒教の教えを知る必要があるだろう。
儒教で言う「孝徳」が高い人として、劉備を持ち上げる権威付けが目に付く。
さらに、これほど母親とのエピソードが多いのは、母の口を通して語られる
劉備の出自を皇統として証明する仕立てだろう。


鬼嚢として暗躍し、姓名だけの劉氏をかざす蒼天航路の劉備とは逆の扱いだ。
関羽や張飛との連合を、お互いの「俠の志」で呼応するという流れでは、
蒼天航路の方が納得しやすいのだが、多様な解釈を楽しもう。


ライバルの曹操にも、その劉備の正統性の影響する。
宦官の孫という出自は消され、漢の丞相・曹参の末孫とされ、
普通は記述として目立たない父親の曹(とう)からの名門の子弟としている。
実際の曹とうは、夏候氏の生まれで、幼くして宦官・曹鰧の養子に入り、
霊帝から官位を買っただけのただの成り上がりに過ぎない。
宮城谷版では、曹操も父親の日和見主義、権威主義には辟易しており、
距離を置いた旨が紹介されるのは面白いところ。


漢朝衰退の真因である宦官の家系というコンプレックスだからこそ、
本当の意味で名家である袁紹との差が大きく、
その後の曹操を曹操たらしめているといえるのだが、
三国演義の勧善懲悪のストーリーには
その手の複雑さは入らないようだ。

この辺りが読み比べてからこその、面白みなのであろう。

黄巾の乱の後の霊帝崩御、十常侍による何進暗殺、
袁紹による宦官征伐と董卓上洛も吉川英治版が詳しい。

禁中からの逃走中に陳留王と董卓が出会うシーン、
陳留王の凛々しさは鮮烈である。

この場面に袁紹がいたとするかしないかで
その後の董卓と袁紹の関係が変わる。

圧倒的な存在として董卓を表現するか、
普通の悪者として袁紹と並び立つレベルの存在とするかで
反董卓軍の意味も変わる。

吉川英治版には邂逅シーンで袁紹が存在し、
蒼天航路と宮城谷版では袁紹はいない。

吉川英治版の董卓は、呂布を率いる丁原に負けたり、
帝位簒奪を何度も確認を百官に尋ねるなど、意外に普通の軍人である。

漢帝国の没落を決定した存在に
董卓をおくか、黄巾族をおくか
その扱いに注目すると、その後の読み比べも楽しくなるだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史
感想投稿日 : 2014年9月24日
読了日 : 2014年9月24日
本棚登録日 : 2014年9月24日

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