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ろくろ首の首はなぜ伸びるのか 遊ぶ生物学への招待 (新潮新書)についての嶋泉心足齋さんのレビュー


レビュー by 嶋泉心足齋さん

科学   読み終わった  読了日 : 2010年11月05日  4  登録日: 2010年11月05日

アニメや特撮、マンガなどのある項目をとりあげ、それに実際の物理法則などを当てはめて、面白おかしく解説することで人気を博し、もう十五周年を迎えたシリーズがある。大人の暇つぶしにでも読まれているのかと思いきや、子どもたちにも結構な人気を集めているようだ。
今まで知らなかった科学的な知見を得るという面で、子どもたちにも資するところはあるのだろうが、大抵において、「実際の物理法則を当てはめると、アニメや特撮のようにはならないよね」という結論になっている点に大いに疑問がある。例えば、そのシリーズでは、空を飛ぶためには、航空力学的に揚力を発生させる形になっていないといけない、だからこのヒーローは本当は飛べないはずだ、と説明するのである。しかし、その航空力学では、昆虫の飛行は説明できないので、そのシリーズに倣えば、昆虫が飛んでいるのはおかしな間違いだということになる。
何が言いたいのかというと、物語の中の現実を受け入れていないという点において科学的ではないということだ。
科学的な思考、ものの見方とは、まず現実を受け入れることから始まる。なぜ、そのようなことが起こるのか、それを仮説を立て、実験を重ねて、法則性を発見し、更に検証を重ねて証明する、それが科学である。昆虫の飛行を研究する学者は、航空力学では説明できないが、昆虫が確かに飛行していることをまず受け入れ、そのメカニズムを解明しようとした。その結果、流体力学を用いることで説明がつくようになった。簡単に言えば、昆虫のサイズでは、空気はかなりの粘り気を持っていて(レイノルズ数が低い)、昆虫は空気をかき分けて泳いでいるのである。
そういう意味で、そのシリーズは、知識の正確さや過ちを云々する以前に、思考が科学的ではない。
もちろん、すでに書いたように、面白おかしく語り、物理法則を紹介することに、ある一定の意味はある。現実に、そのシリーズのおかげで理科好きになった子どももいるだろう。ただ、問題なのは、子どもたちや親たちが、どこまでその内容が「科学ではないこと」を分かって読んでいるかということである。

そこで、本書の登場である。
本書では、タイトルにもなっている「ろくろ首」を始め、「ケンタウロス」「ぬえ」「人魚」「吸血鬼」「豆狸」など十六の妖怪・怪獣などの幻想生物をとりあげ、それぞれの特徴について、解剖学や分子生物学など、生物学における各分野の見地から、考察を試みている。もちろん、考察を楽しむために必要な基本的な知識については、前もって解説をしてくれている。
但し、本題であるその考察に飛躍があるという点で、さきのシリーズとは大きな違いがある。
本書では、まず幻想生物という「現実」を受け入れて、それに現実の生物学的知識を適用して説明するのだが、そこに「もしかしたらありえるかもしれない」という空想的仮説を加味しているのである。
例えば、吸血鬼について本書では次のように考えている。
吸血鬼は太陽の光を浴びると灰になってしまう。灰になるということは燃えている、つまり酸化しているということだ、それも炎も見えないくらい急速な反応だ。ということは、大量の酸素が発生していることになる。ではその酸素はどこから来たのか。激しい光合成が行われればそれが可能だ。ならば、吸血鬼は細胞内に光合成を行うクロロフィルを持っていることになる。「ミドリムリ」を祖先として多細胞化し、我々人間と似た姿に収斂進化したものだとすると、そういうことはありうる。では、吸血鬼の体はどうして緑色ではないのか。特殊なたんぱく質がクロロフィルを覆っているからではないか。太陽光にあたると、そのたんぱく質の覆いがとれ、クロロフィルが急速な光合成を行う。だから、炎も出さずに酸化して灰になってしまうのだ。
現実には、「ミドリムシ」を祖先に多細胞化した生物などいないし、クロロフィルを覆う特殊なたんぱく質(本書では「ドラキュリン」と命名している)は架空のものだ。その点において、本書の考察は、科学的知見という面で正確ではないところがある。簡単に言ってしまえば、実際にはない架空の話ということになる。
しかし、その考察態度と思考法は極めて科学的である。いま実際にはないことと、絶対ありえないということとは、決して等価ではない。「ミドリムシ」を祖先に多細胞化した生物はいないが、そうした進化の可能性がありえないということではない。クロロフィルを覆う特殊なたんぱく質はないが、存在の可能性が否定されるわけではない。
ほかにも本書には、目の遺伝子をもったコウゾの仲間の「ドウゾ」や、植物と動物の両方に感染する「遺伝子の運び屋」ウイルスなど、架空のものが考察中に登場する。しかし、レトロウイルスによって異種間で遺伝子の交換が行われてしまうというのは、現実にある話で、京都大学名誉教授の畑中正一氏は、一千万年前に生息していたネコの遺伝子の中に、レトロウイルスによって運ばれたヒヒの遺伝子が混在していることを発見している。だから、本書に見られる飛躍は「もしかしたら」と思わせるものなのである。
今現在はないけれどもありえるかもしれないという可能性を追究する態度こそが科学なのである。その意味において、本書の筆者は、本気で科学し、真剣に生物学で遊んでいるのである。A・C・クラークなどのハードSFにも通じる「科学的な思考のお遊び」とは言いすぎだろうか。
単純な知識を当てはめて受けを狙った与太話を笑うことは誰にだってできる。しかし、本書を読んで笑えるなら、それは本当に科学する心を持っているということになるだろう。 レビュー登録日 : 2011年12月29日


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