猫と悪魔 (歴史的仮名づかひの絵本)

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感想 : 6
4

『ユリシーズ』などで有名なジェイムズ・ジョイスの珍しい絵本。可愛い孫のために書いたノンノ(イタリー語で「おじいちゃん」の意)のお伽話であるが、ここにも「裏切り」と「追放」というジョイスの生涯をかけて追求してきたテーマがおのずから顔をのぞかせているのは、この作家の宿命だからだろうか。興味深い。

『猫と悪魔』は、民間伝承にみられる「悪魔だまし」の主題にのっとったお話だ。いつも新聞を読んでいる悪魔は、ボージャンシーの人たちが橋がなくて困っていることを知る。オシャレをしてアルフレッド・ビルヌというボージャンシーの市長のところへ行き、最初に橋を渡る者を家来にするという条件で町に立派な橋をかける。翌日、悪魔が橋の向こう側で小躍りしながら最初の渡橋者を待っていると、市長が猫とバケツを抱えて橋までやってきて、猫を橋の上に置くとバケツの水を思いきり猫にかける。猫はバケツの水より悪魔の方がいいや、と素早く決心して橋を駆け抜け、悪魔の腕に飛び込む。こうして、市長の狡智により人間ではなく、猫が一番に渡ってしまったので、裏切られた悪魔はまるで悪魔みたいに腹を立てて怒り狂い、ボージャンシーの人々を「君たちはちつともきれいな連中ぢやないぞ!まるで猫みたいだ!」と罵倒するのだが、可愛い猫を道連れに、すごすごと退散するしかないのだった。

歴史的仮名遣いで訳された文章も絵本には珍しく面白い趣向だった。例えば、こんな場面があるので引用する。

悪魔は市長さんに、新聞で読みました、と言つて、それから、ボージャンシーの人たちが、渡りたいときにはいつでも川を渡れるやう、橋をかけてあげませう、と申し出ました。世界で一番よい橋を、たつた一晩でかけてあげる、と言つたんです。お礼はいくらあげればいいでせうか、と市長さんはたづねた。すると、お金なんか要りませんよ、と言ふんですね。わたしがほしいのは、ただ、一番はじめに橋を渡る者がわたしの家来になることです、といふのが悪魔の返事だつた。よろしい、と市長さんは答へました。

しかし、絵本であるからして、そんな翻訳者の工夫よりもジェラルド・ローズ氏の描く「悪魔」の絵の印象の方が強く記憶に刻まれている。翻訳者の丸谷才一氏には文部省の国語政策に思うところがあり、このような表記での翻訳を試みたらしいのだが、絵のインパクトの強さに圧されてあまり記憶に残りそうにないのが残念である。
ここに描かれている悪魔はなんというか、本当に素敵なおじさまなのだと思う。綺麗な真ん中分けの髪型に口髭をたくわえ、黒縁の丸眼鏡をかけてスーツを着こなす彼の、痩身のすらりとした容姿は一流のジェントルマンのようにも見えるが、覆い隠せない二本の角と矢印のように先の尖った尻尾は何かを企む詐欺師のようでもあり、いかにも「悪魔」という感じがする。悪魔が猫を抱きとめる絵は、関節がはずれているかのように長い手と足をぎくしゃくさせて歩くと言われたジョイスをイメージしていたらしく、特にキュートで面白い。
最後の悪魔の、ジェントルマンの上っ面から一変して猛獣のような怒りをあらわにする豹変振りと、市長の「裏切り」によって街から「追放」され、猫を小脇に抱えながら少し肩をいからせ、諦めムードで引き上げていく悲しそうな背中のギャップがなんとも言えず、切ない気持ちにさせられた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ☆犬・猫・動物の本
感想投稿日 : 2011年12月16日
読了日 : 2011年12月16日
本棚登録日 : 2011年12月16日

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